テクノロジー封建主義
自律・分散・協調を基本精神とするインターネットは、中心にリーダーを置かず、参加者が「自律的に協働する組織(DAO)」を可能にする。しかし、現代において、このDAOは失われてしまった。
ユーザーは魔法のようなサービスを利用し、プラットフォーマーはユーザーが生み出すデータの利益を独り占めする。この現代のシステムを「テクノロジー封建主義」と呼ぶ。テクノロジー封建主義においては、AIが人的資本に取って代わり始めている。AIによって生み出された富は巨大プラットフォーマーに還元され、労働者は生産性向上の恩恵を受け取ることができなくなると予想されている。
巨大プラットフォーマーは、市場だけでなく、民主主義に甚大な影響を与えるものとして批判されている。巨大プラットフォーマーは膨大なデータを活用して人々の行動変容を促し、選挙に重大な影響を及ぼし、憎悪を助長していると非難される。プラットフォーマーは事実上、主要な民主主義諸国の言論の自由と選挙操作のバランスを一方的に決定する調停者となっている。
21世紀のイデオロギー
DAOの喪失は、以下の2つのイデオロギーに煽られ、私たちが選択した結果である。
①統合テクノクラシー(代表的な提唱者:イーロン・マスク、サム・アルトマン)
統合テクノクラシーは、AIとその専門家によって人々を統治するために、社会がテクノロジーに適応すべきだと考える。統合テクノクラシーの提唱者たちは、AIによってあらゆる物資が安価で豊富になることを期待する。しかしこの豊かさは均等に分配されるとは限らず、AIシステムを支配する少数にその価値が集中することが予想される。だからこそ、彼らはユニバーサル・ベーシックインカムの必要性を主張している。
②企業リバタリアニズム(代表的な提唱者:カーティス・ヤーヴィン、ピーター・ティール)
暗号技術やネットワーク・プロトコルによって規制から解放された個人が自己利益を追求することを何よりも重視する。このイデオロギーは、ビットコインやその他の暗号通貨を中心に構築されたコミュニティや、その関連コミュニティにおいてよく見られる。
彼らは、SF小説内に登場する没入型仮想世界、政府から独立したデジタル通貨、浮遊都市や海上都市のような統治されていない空間、集団による支配/法から逃れる手段としての強力な暗号技術などに魅了されている。
2つのイデオロギーは、私たちのテクノロジーに関する想像力を支配し、過去半世紀のテクノロジー投資の方向性に大きな影響を与えてきた。これらのビジョンが提示したテクノロジーによる劇的な経済成長と生産性向上のために、ほとんどの民主主義国家に、民営化、規制緩和、減税の波が押し寄せた。しかしその約束は実を結ばず、この半世紀は経済成長、生産性の伸びは減速した。
デジタル民主主義
テクノロジーと民主主義の対立は避けられないものではない。「より良いオンライン・コミュニティを育む民主的制度につながる道」として注目されるのが、オードリー・タンが台湾で主導した「デジタル民主主義」構想である。デジタル民主主義は、テクノロジーによって多様な人々が協働し、より豊かになる社会を目指す。これが、統合テクノクラシーと企業リバタリアニズムに代わる第3の道だ。
台湾におけるデジタル民主主義の象徴は「g0v」だ。市民ハッカーコミュニティであるg0vは、テクノロジーを活用して行政府の動きや予算の内容を可視化し、広く市民に伝えることをミッションとする。
キーワードは「多元性(Plurality)」だ。Pluralityプロジェクトは、 還元論的方法をとる物理学ではなく、複雑系の科学からインスピレーションを受けている。デジタル民主主義は、統合テクノクラシー(過剰な秩序)と企業リバタリアニズム(カオス)の脅威の間、カオスの縁において生じる創造性を重視する。個々の要素は互いに影響を及ぼし合って、事前に予測できない現象を引き起こす。この宇宙は多元的な構造を有している。
オードリーたちの言う「多元性」とは複数性だけでなく協働やネットワーク、デジタル・テクノロジーを含意する。多様性を生産的に活用するためには、経済成長に必要な水準の信頼や、社会の結束を調達するための適切な制度と文化、テクノロジーが必要になる。多元的な社会とは、アイデアの交雑が起こらない画一的な社会でもなく、多様ではあるが成員がお互いを信頼していないバラバラの社会でもなく、テクノロジーを活用して多様な人々がつながり、協働することによってイノベーションが起こる社会を指す。
多元性について考えることは「既存の資源をどう分配するか」ではなく、「人々が協力してより多くの価値を生み出すためにはどうすればいいか」を考えることである。そのツールとして多元的テクノロジーがあり、デジタル民主主義がある。