「日本一の短命県」からの脱却を目指して始まったプロジェクト
平均寿命の都道府県別ランキングにおいて、青森県は男性79.27歳、女性86.33歳といずれも全国最下位。男性がトップの滋賀県と3.46歳の差、女性ではトップの岡山県と1.96歳の差になっている。しかも連続で全国最下位が続いており、日本一の「短命県」の状態となっている。
この差が生じる要因は、単純に高齢者の寿命の違いではなく、特に青森県の働き盛り世代の死亡率の高さが大きく関係している。その背景として、男女ともに喫煙率が高いこと、健康診断受診率が低いこと、スポーツをする人が少ないこと、食生活習慣などが総じて、様々な生活習慣の乱れや県民のヘルスリテラシーに起因していると考えられている。
この状況を打開するため、弘前大学の中路重之教授が中心となり、2005年に弘前市岩木地区の住民に対しての健康増進活動として開始したのが「岩木健康増進プロジェクト・検診(岩木検診)」である。その一環として、同地区の住民を対象とした大規模な健康調査が開始された。岩木検診では受診者1人当たり約3000項目のデータが20年間継続的に蓄積されており、延べ2万人分以上の世界でも類を見ない超多項目健康ビッグデータと呼べるものになっている。
この取り組みが2013年に科学技術振興機構の「革新的イノベーション創出プログラム(COI)」の拠点として採択され、「弘前大学COI」として、これまで多くの研究成果を上げてきた。COIは、10年後の目指すべき社会像を見据えたビジョン主導型の研究開発を最長9年にわたって支援するプログラムで、企業や大学が単独では実現できない革新的なイノベーションを産学連携によって連続的に創出するために「イノベーションプラットフォーム」の整備を目的に設定されている。
「日本一の短命県」からの脱却を目指して始まった岩木健診、弘前大学COI、それに続く弘前大学COI-NEXTは、少子高齢化に対する処方箋「健康寿命の延伸」に大きく寄与する可能性を秘めている。
弘前大学COIの成果
弘前大学は、岩木地区の住民健診から得られた血液をはじめとしたバイタルデータ、腸内細菌、内臓脂肪、唾液等の検査を含む2000〜3000項目にわたる「超多項目健康ビッグデータ」を活用し、認知症・生活習慣病などの早期発見の実現と革新的な疾患の予兆法・予防法の開発、新たな予防医療の可能性を切り拓く研究開発とその事業化に取り組んでいる。
この健康ビッグデータの多項目性は企業が活用する大きなインセンティブとなっており、弘前大学COIでの共同研究に参加した企業が、その成果を新しいサービスや新製品に結びつけた事例も出ており、その効果が実証されている。
弘前大学COIの大きな特徴の1つは、いくつかの大学・地域の疫学研究と密接な関係を持ち、岩木健診のデータのブラッシュアップだけでなく、未来を見据えて地域特性を持つコホート研究データとともに連携しているところである。長寿の町として有名な京丹後地区の「京丹後長寿コホート」、沖縄県の「やんばる版プロジェクト健診」、和歌山県の「和歌山ヘルスプロモーション研究」とは、主要採取データの統合や健診方法、地域活性化などの面で、綿密な情報交換を行なっている。
京丹後長寿コホート研究では、日本一の短命県と日本有数の長寿地域で何が違うのかということで研究が始められた。京丹後長寿コホート研究で明らかになったことは、京丹後地域に住む高齢者の血管年齢が若く、認知症の発症も低く、腸内細菌の善玉菌が多いため大腸がんの罹患率も低いことである。日々の食事に食物繊維が多いという地域ならではの特徴があるのではないかと見られており、遺伝子は寿命にほとんど関係なく、生活習慣の方が重要だと考えられている。
弘前大学COIとの比較でわかってきたことは、京丹後市民は同居人数が少ないことである。同居人数が少ないと、何をするにも、自分のことは自分でしなければならないという状況に迫られ、結果、いつまでも体が動くといったことが推測される。男性の家事にかける時間が長いといったデータもある。さらに、社会活動にかける時間が長く、運動習慣が身についており、人付き合いにかける時間が長いといった調査結果が出ている。
弘前大学COIは様々な面で大きな成果を上げてきた。岩木健診のデータをもとにデータベースが構築され、京都大学、東京大学、名古屋大学、東京医科歯科大学からなる「健康データベース解析チーム」によって詳細に解析され、認知症や生活習慣病の発症を予測する、画期的な疾患予兆発見アルゴリズムも開発されつつある。
この疾患予兆発見アルゴリズム研究は、遺伝子、健診及び生活習慣情報を含むビッグデータから疾患の予兆因子を選び、予兆発見のアルゴリズムをつくりだすものである。