ほとんどの大型プロジェクトは失敗する
大きいプロジェクトの成否を分ける普遍的な要因の1つは、人間の心理メカニズムである。人間の思考と判断、決定には、楽観主義などの心理メカニズムが必ず作用する。もう1つの要因は、権力だ。どんな大型プロジェクトでも、人や組織が資源を求めて競争し、地位を求めて画策する。そして競争と画策には必ず権力が絡む。
心理と権力は、高層ビルの建設など、あらゆる規模のプロジェクトに影響を及ぼす。このような普遍的な要因が作用するからこそ、あらゆるタイプのプロジェクトには共通の「パターン」が存在する。最もよく見られるのが「すばやく考え、ゆっくり動く」という失敗するプロジェクトに共通の特徴だ。プロジェクトは承認され、期待と興奮の中で工事が始まる。だがたちまち問題が噴出し、進捗が遅れる。さらに多くの問題が発生し、さらに進捗が遅れる。プロジェクトはズルズルと長引く。
プロジェクトは「一定の期日までに、一定のコストで完成させ、一定の便益をもたらす」という約束の下で実行される。しかし、136カ国の20種類超の計16000件を超えるプロジェクトを調査した結果、予算内・工期内に完了するプロジェクトは、全体の8.5%に過ぎない。予算・工期・便益の3点ともクリアするプロジェクトは、わずか0.5%だ。しかも、ほとんどの大型プロジェクトは、ただ計画通り実現しないリスクがあるだけでなく、破滅的な失敗に終わるリスクがある。
大型プロジェクトが失敗する原因
失敗するプロジェクトはズルズル長引きがちだが、成功するプロジェクトはスイスイ進んで完了する。成功のカギは「ゆっくり考え、すばやく動く」だ。だが、大抵の大型プロジェクトは「ゆっくり考え、すばやく動く」方式で進められることはない。
大型プロジェクトが失敗する原因には、以下のものがある。
①戦略的虚偽表明
戦略的目的のために、情報を意図的かつ体系的に歪めたりごまかしたりする傾向。契約を勝ち取りたい時や、プロジェクトの承認を得たい時は、表面的な計画が都合が良い。
②心理メカニズム
人間は極めて楽観的で、自信過剰に陥りやすい。大型プロジェクトを構想し、実現させるには、楽観主義と「やればできる」の姿勢は必要だ。しかし、楽観主義が過ぎると、非現実的な予測を立て、目的を見極めず、より良い選択肢を見過ごし、問題の特定も対処もせず、不足の事態に備えなくなる。
さらに、人は重要な意思決定を下す時でさえ、慎重な検討は行わない。最初に頭に浮かんだ選択肢をもとに、頭の中ですばやくシュミレーションを行う。うまくいくようならそれを実行するし、そうでなければ、次の選択肢をもとにまた同じ手順を繰り返す。そして、その予測は間違っている可能性がとても高い。多くは「ベストケース」のシナリオを想像している。
プロジェクトの規模が拡大し、意思決定が及ぼす影響が大きくなればなるほど、お金や権力がものをいうようになる。強力な個人や組織が決定を下し、利害関係者の数が増え、それぞれが自分の利益のために行動すると「政治」が幅を利かせる。そして重点は心理から戦略的虚偽表明へとシフトする。
成功するプロジェクトの基本
プロジェクトを始める時には、手段と目的のもつれをほどいて、「自分は何を達成したいのか」をじっくり考え、心理メカニズムのせいで性急な結論に飛びつきたくなる衝動に、なんとかしてストップをかけなくてはならない。十分な情報をもとに「何のために、なぜやるのか」を明確に理解すること、そして最初から最後までそれを決して見失わないことが、成功するプロジェクトの基本である。
優れた計画立案の特徴はラテン語の動詞「エクスペリリ(実験+経験)」に捉えられる。実験を通して経験を生み出していく「経験的学習」である。計画立案での「実験」では、プロジェクトのシュミレーションを行う必要がある。条件を色々変更して、どうなるかを模擬体験する。試行錯誤と真剣な検証を経て、シュミレーションは信頼性の高い計画になる。
計画を立てる間に、打てるだけの手を打っておくこと。そして、計画はエクスペリリをもとに、ゆっくり、徹底的に、反復的に立てることが大切である。
経験を最大限活用せよ
プロジェクトを成功させるためには、人々の生きた経験を活用することも大切だ。大型プロジェクトの計画立案と実行においては、経験豊富なチームを率いる経験豊富なリーダーに勝る資産はない。
人間が所有し利用できる最も有用な知識の多くは、形式知ではなく「暗黙知」である。専門家の直感は、適切な条件下では非常に信頼性が高い。経験豊富なリーダーが「直感」で始めて、検証し調整するという反復性の高いプロセスを用いれば、鬼に金棒である。
過去に何度も成功しているデザインやシステム、プロセス、テクニックがあるなら、微調整を加えたり、他の実証済みのものと組み合わせたりするなどして活用すること。