メタバースとは何か
2021年以降、誰もが「メタバース」と言うようになった。ここまでメタバースがもてはやされるのは、今後、メタバースがコンピューティングとネットワークのプラットフォームになっていくとみんなが考えているからだ。
「メタバース」なる言葉は、ニール・スティーヴンスンが1992年に発表した小説『スノウ・クラッシュ』に登場するものだ。その後、言葉は広く使われるようになったが、実はこの小説でもメタバースとは何であるのかはっきり示されていない。ただ、永続的な仮想世界であり、人間という存在のあらゆる側面と関係し、影響を与え合うものとして描かれている。
すごく話題になっているにもかかわらず、メタバースとは何であるのか、きっちり定義されておらず、人によって言うことが違う。しかし、今の状況でも、包括的で有用な定義を明確にできる。その定義とは以下の通り。
リアルタイムにレンダリングされた3D仮想世界をいくつもつなぎ、相互に連携できるようにした大規模ネットワークで、永続的に同期体験ができるもの。ユーザー数は実質無制限であり、かつ、ユーザーは1人1人、個としてそこに存在している感覚(センス・オブ・プレゼンス)を有する。また、アイデンティティ、歴史、各種権利、オブジェクト、コミュニケーション、決済などのデータに連続性がある。
インターネットは3Dへ向かう
実はここ10年ほど、人気が高く成長著しい仮想世界はゲーム的な要素を排したものやその扱いが軽いものが多い。『あつまれ どうぶつの森』は、一応ゲームということになっているが、そのゲームプレイは仮想の庭造りに例えられることが多い。
このところ特に増えているのは、そもそも「ゲームプレイ」が想定されていない仮想世界だ。人気のゲームエンジン、ユニティを使って作られた香港国際空港のデジタルツインもその1つだ。その目的は、乗降客の流れやメンテナンス、滑走路の運用方法など、空港の設計や運用に影響を与える要因のシュミレーションである。都市1つを丸ごと複製し、交通や天候、さらには警察や消防、救急といった公共サービスのデータをリアルタイムに流し込むこともある。このデジタルツインは、その都市をよく理解し、都市計画を改善するのが目的だ。
仮想世界は様々な次元のものがありうるが、メタバースで肝になるのは「3D」である。3Dでないものは、下手をすると今のインターネットと何が違うのかわからない。3Dが不可欠なのは、3D環境でなければ、人間の文化や労働を物理的な世界からデジタル世界へと移せないからだ。
歴史を振り返ってみると、次の3つのことがわかる。
- 自分が体験している世界をなるべくそのまま表現できるデジタルモデルを人は求める。できれば音や動きも含め詳しくわかる形がいいし、変化に乏しい記録ではなく、ライブ感のある形がいい。
- オンライン体験がリアルになればなるほど、我々は現実の体験をオンラインに投稿することが増えるし、オンラインで過ごす時間が増えていくし、文化もオンライン世界の影響を強く受けるようになっていく。
- 新しいソーシャルアプリの登場がそういう変化の先行指標になりがちなこと、また、そういうアプリはまず若者世代に広まりがちである。
こうしたことから、インターネットは今後3Dに向かうことになりそうである。
ビデオゲームが次なるインターネットを推進する
メタバースを実現するには規格も新しく策定しなければならないし、インフラも新しく用意しなければならない。新しい機器やハードウェアも必要になる。その結果、テックジャイアント、独立系ディベロッパー、エンドユーザーの力関係が変わる可能性がある。
メタバースがインターネットの後継だと考えると、その流れをリードするのはビデオゲーム業界である。リアルタイムレンダリングの3D仮想世界やシュミレーションは、複雑な分、他のソフトウェアやプログラムより強くPCやインターネットの制約を受けてしまう。そのような状態では、政府系機関や大企業、中小企業にとっては使い道がない。
一方で、ビデオゲームは話が違う。現実的でなくとも、面白ければいい。その結果、現在ではゲーム機やゲーミングPCのCPUやGPUが一番高性能という状態が続いている。つまり、現時点でゲームほど負荷が大きいソフトウェアはないのだ。
NVIDIAのように、ゲーム機やPCの心臓部を作ってきたところは、今、史上最強クラスのテック企業となっている。またリアルタイム3Dレンダリングに使える解像度のソフトウェアについても、ゲーム用として登場したエピックゲームやユニティ・テクノロジーズなどが、メタバースへの移行に有利なノウハウを蓄積している。
どこがメタバース時代の覇権を握るかはわからないが、垂直・水平に統合された少数のプラットフォームがアクセス時間、コンテンツ、データ、収益のかなり多くを占めるようになる可能性が高い。GAFAMを合計しても2021年デジタル収益の10%以下にしかならないことを見てもわかる通り、大半を占めるようになるとは限らないが、メタバース経済やユーザーの行動に大きな影響を与え、現実世界やその住人の経済を左右するくらいにはなるだろう。