なぜ日本の男女格差は縮まらないのか
ジェンダーギャップ指数とは、非営利団体「世界経済フォーラム」が毎年発表する世界のジェンダー格差を示すものだ。2022年7月に発表された日本の順位は116位(146ヵ国中)。2015年には101位(145ヵ国中)だったところから後退している。
2015年には「働く場面で活躍したいという希望を持つすべての女性が、その個性と能力を十分に発揮できる社会を実現するために」女性活躍推進法も成立した。その後の改正も含めて、企業は女性活躍推進に向けて数値目標を盛り込んだ行動計画を策定・公表することも義務付けられている。しかし、この10年、様々な言葉で女性地位向上や働きやすさへの支援などが議論され、後押しされてきたはずなのに、日本の男女格差は縮まっていない。
一向にジェンダーギャップが解消されない背景にはいくつかの根本的な要因があるが、労働政策研究・研修機構の濱口桂一郎所長は、終身雇用や年功序列といった日本型雇用慣行の成功体験が大きいと指摘する。
高度経済成長から「ジャパン・アズ・ナンバーワン」と言われた時代まで成功モデルとされた日本型雇用を支えるのは、どこでもいつでも上司や会社の指示1つで際限なく働ける人材だった。結婚や出産のために離職するかもしれない女性は不安定な労働力としかみなされなかった。
バブルが崩壊し、日本経済の低迷が長く続き、日本型雇用敢行は見直しに向かうはずだが、むしろそのエッセンスは強化された。管理職、リーダー層になるような中核社員には雇用保障と引き換えに、職務や労働時間、勤務場所は限定せず働かせ、非正規労働者を拡大する方向で政策が展開されてきた。一方、多くの女性の雇用の受け皿になっていた一般職という職種は契約社員や派遣社員などの非正規化が進行したという。
そして、もう1つジェンダー格差が解消しなかった要因には、充実し過ぎた両立支援制度があった。2000年代に入ると、資生堂やベネッセといった先進企業は優秀な女性を採用したいという流れから企業内保育所を設立したり、育休期間を延長したりするなど、両立支援制度を充実させ始めた。その動きは確かに出産による女性の退職を防ぐことには繋がった。
問題はこうした制度を使っているのは「誰か」ということだ。男性が稼ぎ、家事育児を担うのは女性という意識が根強く残ったままで制度が充実されれば、企業側、特に職場や上司側にも、当事者である共働き夫婦にも、育休は当然女性が取るもの、育児のための短時間勤務は女性が取るものという暗黙の了解が定着する。その結果、女性は短時間勤務制度を利用することでフルタイムの正社員という立場は死守したが、「仕事の難易度や責任の度合いが低く、キャリアの展望もない」というマミートラックと呼ばれる道を歩まざるを得なくなった。
日本の多くの職場は「決まった時間に決められた場所で働く」ことを前提としており、育児などに合わせて時間を融通することが難しかった。両立支援制度を利用する女性たちを職場や上司は「特別な存在」として、「無理しなくてもいいよ」という配慮の名のもと、重要なプロジェクトや大きな仕事から外していく。
両立支援制度の充実は性別役割分業をより固定化させることに繋がった。制度の利用者は女性という実態が定着するほど、男性は働き方を変えずに済んだ。
男女の役割分業意識の固定化が問題
経済分野だけでなく、政治分野も含めて日本のジェンダー格差が世界的に最低レベルである本質的で最も根深い要因は、男女の役割分業意識が強固に固定化されていることだ。家事育児や介護と言われるケア労働の担い手は、いまだに極端に女性に偏っている。女性は社会進出し、働き続けるようになったが、男性のケア労働進出がなかなか進まない状況は「ワンオペ育児」という言葉まで生んだ。
この言葉の背景には、変わらない職場の働き方、常態化した長時間労働があり、遅くまで働く夫たちを当てにできない妻側がやむを得ず、自身のキャリアややりがいを犠牲にして1人で仕事と家事育児を両立させている実態が長く続いてきた。「男性は仕事、女性は家庭と仕事」という性別役割分業に移行した。
企業が女性の登用などに向けて様々な取り組みをしてもなかなか進まない最大の要因は、この女性に家事育児負担が偏りすぎている問題に帰結する。
そして、育休に限らず、男性側の働き方を縛り、家事育児への進出を阻むものは上司の意識である。今の上司世代は、まだまだ専業主婦の妻に家事や育児を丸投げしてきた人も少なくない。だが、この世代の意識を変えないことには、女性もキャリアを積めず、男性も家事育児参加が進まないことになる。
夫がこれまでより家事や育児に参画することは結果的に、男性たちの生きやすさも後押しする。そのことに若い世代は気づいているからこそ、育休も積極的に取りたいと思うのだろう。あとはそれをブロックする上司世代の意識をどう変えていくのか。上司世代の変革は、社会の変革にも通じるのだ。