ジョブズなしでアップルはどうすれば前進できるのか
アップルが成功するには、ジョブズの思考法を体系化するだけでは足りなかった。彼が構築した会社はヒトデのように活動した。マーケティング、デザイン、エンジニアリング、サプライチェーン管理の卓越性にフォーカスした複数の脚が伸びていて、その中心にジョブズが座った。彼は脚の先まで這い出していき、自ら関与して、各チームにしかるべき指示を出した。
ジョブズは生前、アップルのヒトデの脚がばらばらになってはならないと訴えていた。経営陣の1人1人に個別に声をかけ、この先何年かアップルのために力を尽くすという約束を取り付けた。
10年以上にわたり、経営陣が下した事業上の決定のほとんどはジョブズの承認を受けていた。ジョブズが亡くなった時、経営陣にはジョブズに示すことができる最大の敬意は会社を存続させることだけでなく、「すごい製品」を生み出してテクノロジーの最前線に立ち続けることだという共通の認識があった。
ジョブズなしでアップルはどうすれば前進できるのか? その答えは概ね、ティム・クックとジョニー・アイブの肩にかかっていた。
イノベーターからウォール街の寵児へ
アップルの錬金術は長らく、先見性を備えた「二人組」に支えられてきた。それはスティーブ・ウォズニアックとスティーブ・ジョブズによって誕生し、ジョブズとジョニー・アイブによって復活し、アイブとティム・クックによって維持されてきた。
ジョブズの死後何年か、シリコンバレーはアップルの事業の行き詰まりを予想した。ウォール街もその前途に不安を抱いた。顧客達は愛する製品イノベーター、アップルの未来を心配した。
10年後、アップルの株価は過去最高を記録した。時価総額は8倍以上の3兆ドル近くまで上がり、世界のスマートフォン市場を支配する勢いに衰えは見えない。破壊的イノベーターとしての輝きは失われつつも、ウォール街の寵児となった。同社はジョブズがかつて恐れたソニー、ヒューレット・パッカード、ディズニーのような運命を辿らずに済んだ。
その耐久力と財務的成功は、アップルを前進させるためにジョブズが抱えた人たちの努力の賜物だった。業務執行人クックはアップル帝国を中国とサービス業に拡大し、立ちはだかる外交問題を巧みに切り抜けてきた。芸術家アイブはジョブズの死後に始まったApple Watchの開発とアップル・パークの完成という大きな新規事業を主導して手腕の確かさを見せつけた。
だが、彼らの成功は社内離婚という失望で暗転した。2人の協力体制の解消は必然だった。アップルへの愛以外に共有するものがほとんどなかったからだ。iPhoneの爆発的普及で会社が大きくなると、クックはその規模をマネジメントする必要に迫られ、社の構造改革に着手した。アップルは彼の指示で製品数を増やし、お金の使い方を細かくチェックし、ハードウェアからサービスへ社業の軸足を移した。そこでクックとアイブをつないでいた糸はほつれた。
クックはアイブを満足させて創造性を存分に発揮させるにはどうすればいいかという同僚の助言に限られた興味しか示さなかった。デザインスタジオへ足を運んでアイブのチームの仕事ぶりを見てくるよう彼らは繰り返し勧めたが、それが実行されることはめったになかった。クックの関心はアイブ個人ではなく会社を守ることにあった。
アイブに非がなかったわけはない。何十年にもわたる仕事に疲弊し、ソフトウェアデザインチームの責任とマネジメントの重荷を背負い込み、それが嫌になった。Apple Watchとアップル・パークの設計を兼任している間に、ライカのプロジェクトまで引き受け、彼は燃え尽きてしまった。彼が2015年に非常勤に退いたことで、アップルにとっては不健全な取り組めが作り出された。
クックはジョブズなら想像もしなかったような形で会社を作り替え、アイブは最終的にそれに耐えられなくなった。経営工学者のクックは、イノベーションを育むのではなく、自分の強みを活かして、受け継いだ事業からより多くの売上を引き出すことで、史上最も成功した事業継承例の1つを作り上げた。それは魔法に対する方式の勝利、完璧さに対する粘り強さの勝利、革命に対する改善の勝利だった。ジョブズが大躍進を促し業界を根底からひっくり返すことでアップルにアイデンティティを与えたのに対し、クックは彼がジョブズの最高傑作と考える製品、つまりアップルそのものを絶やさないことに注力した。
クックは前任者の革命的発明を軸に、製品とサービスの生態系を構築し、ハードウェアとソフトウェアのラインアップにこの分野最高のアップデートを行うという評判を守り通した。その仕事を通じて2021年に660億ドルのキャッシュを生み出し、全製品を店頭から撤去したとしてもアップルが長年存続できるだけの体制を整えた。
ジョブズのチームが解散した後、そのメンバー達は、ジョブズの遺産を振り返りながら「彼は世界を変える製品を作った」とよく口にする。そして、クックはどのように記憶されるかと問われると、「バカみたいに稼いだ、じゃないかな」と答えた。