なぜサラリーマンになるのか
そもそも「なぜ人はサラリーマンになるのか」というところから考えてみること。会社に勤めるということは、会社と契約を結んで、自分の時間を売るということ。例えば、週5日、1日当たり8時間、月20万円という契約で、その会社の定めた規則によって、経営者の命令に従う、というのが「サラリーマンになる」ということである。サラリーマンになるメリットとして、契約内容によっては、年に何回かボーナスが出たり、有給休暇があったり、福利厚生としてどこかの施設が安く使えたりする。真面目にコツコツ定年まで働けば、結婚して、子供ができて、車を買って、郊外に小さな一戸建てが買えて、子供たちを大学までやることができ、老後は年金をたっぷりもらって生きることができた。
ところが「失われた20年」で、このモデルは完全に崩壊した。働く側としては、会社がいつ潰れるかわからない、潰れなくとも自分がいつリストラされるかわからない。「サラリーマン」という選択肢が決して若者にとって最適解ではなくなっている。
日常やっていることを事業化する
従来の「起業」というイメージとは全く別の、「多額の開業資金」も「特殊な技能」も「綿密な事業計画」もいらないのが「しょぼい起業」という新しい考え方である。
自分の生活をすべて自分の労働で満たして、余った分は売って資本化するというのは、自給自足生活だが、意外と現代で実行している人は多くない。自分が普段お金を払って買っているものを自分の労働で作れば、その分の支出が減り、事実上収入が増加することになる。そして、「いつもやっている行為をお金に換える」という発想が「しょぼい起業」の基本的な考え方の1つである。これを「生活の資本化」(コストの資本化)と呼ぶ。
この方法をとると、原理的に、家賃で破産する以外、事業が潰れることがない。なぜなら、自分が必要な食べ物は全部自分で作って食べている訳で、ご飯が売れなかったら次の日に食べればいいからである。生活の中で自分のやれること・日常やっていることを事業化するのが鉄則である。
さらに、使っていない時間に車を貸すなど「すでに持っているものを使ってお金を稼ぐ」というのは、「生活の資本化」の発展形で「資産の資本化」という考え方になる。
まずはできそうなことを積み重ねる
お金はかけようと思えばいくらでもかかるし、かけないと思えばそんなにかからないものである。店についてもまったく同じである。例えば、豊島区のはずれ、池袋から頑張れば歩けるところに、家賃8万円の店舗物件がたくさんある。敷金は3ヶ月分ぐらいとられるが、基本的には10万円かからずに借りられる。だいたい初期費用50万円くらい。引っ越しのつもりで開業してしまおう。
店に「誰かが来る」ということが非常に大事である。周りに人が住んでいて、人通りがそこそこあれば普通の住宅街でいい。「あれ? こんなところに店がある」と思うくらいの立地がベスト。そういう立地を見つけたら、新しい家に引っ越すつもりで住んでしまう。
「しょぼい起業」においては、綿密な事業計画なんて必要ない。どうせ事業計画どおりにはいかないからである。「資金を集めて店を借りて許可をとって設備を整えてから営業する」のではなく、「店を借りて営業しているとお金が集まってくるので設備を整えられて、必要な許可を取らざるを得なくなる」というのが、失敗しないための順序である。
事業は、アイデアから入るというより、人とのつながりや置かれている環境などの条件から、自分ができそうなことを発見して事業化していくもの。遠大な計画よりも、初期費用が少ない「今、これができそう」を積み重ねていく方がリスクは少ない。