「値上げできない」は思い込みである
製造業では主に世に売り出す製品を大手企業が作っており、多くの中小企業は大手企業に部品を供給する下請けに位置している。そして、原材料価格が高騰しているのにそれを製品価格へと転嫁することができず、多くの下請け企業が利益を減らしている。
原材料が高くなり人件費も高くなる現状で、値上げをしないままに製品の提供を続けていては利益がなくなって赤字になるのは目に見えている。なぜ値上げできないのかというと、それはひとえに中小製造業の下請け体質が原因である。元請けから取引を停止されるのが怖くて値上げを言い出せないのである。
「値上げできない」は思い込みである。うまくいくかいかないかは別として、値上げをすることは決意さえすればできる。
商社は基本的にはものを右から左へと流すだけなので、そこまで高い粗利は取れない。そのため、商品価格は必ず原材料価格に合わせてスライドする形式にしている。スライド価格というのは、非鉄金属をはじめとした原材料の卸や商社では常識である。彼らは1〜2割しか粗利を取らないので、原材料価格が上がれば問答無用で値上げする。
インフレの進行は努力で吸収できる規模を超えている。消費者物価もどんどん上がっているところで、自分の会社だけ製品価格を据え置くなどということができるはずもない。
「弊社は安く仕上げます」というのは、取引先にとってはうれしい言葉かもしれないが、結局のところ「従業員を安く使います」という意味なので、人がどんどん辞めていって、最終的には会社が潰れる。同じ努力をするのであれば、取引先に対して価格交渉して、出た利益を従業員に還元して、人が集まって成長する会社をつくる道を選ぶべきである。
価格交渉のゴール
価格交渉には、2段階のゴールがある。
①変動費をスライド制に改めた契約を了承してもらう
変動費とは、原材料費など製品を作るごとにかかる費用を指す。原材料費などが上昇したらその分の販売単価は自動的に値上げする。
②付加価値額の増額を認めてもらう
企業は外部から購入した原材料に社内の経営資源を活用し、プラスアルファの価値を加えて顧客に販売している。この過程で上乗せされたプラスアルファの価値のことを付加価値額という。この付加価値額の分を値上げする。
第2段階は、一見すると自社の利益を確保しようとする取り組みにしか見えないため、顧客からすると抵抗感がある。そのためまずは第1段階の値上げを勝ち取ることを優先し、第2段階は長期戦で交渉していくのが得策である。
劇的価格交渉術
①変動価格の根拠を外部エビデンスで示す
変動費スライド制の交渉を成立させるためには、入念な準備が必要である。取引先を納得させられるような説得力のあるエビデンスを集める。そして、実際の交渉においてはできるだけ下手に出て丁寧にお願いする。変動費スライド制の交渉をする時には、それが自社の責任によるものではなく、外部環境の変化など自社ではどうしようもないことに理由があると訴えることである。
②変動価格を設定
大切なのは「値上げはやむなし」と思わせるようなデータを揃えて、なおかつそのデータを資料として担当者に提供し、決裁者に説明する時にも同じように話してもらうことである。合理的な値上げの根拠となり得るデータは、例えば以下のようなものである。
- 「原材料である鋼材価格がこれだけ上がっている」と説明できるグラフ
- 「光熱費がこれだけ上がっています」と電気料金の価格推移を示すグラフ
これらはいずれも、簡単に入手できるデータである。市況の値段でしか調達できないものは、客観的に説明ができる。
③提案資料を作る
変動費スライド制に移行することを合意し、製品ごとの個別価格について合意形成していく。最初の交渉は、詳細なデータは見せず、誰でも調べられるが、調べていないから知らないような、諸物価の値上がりがわかるグラフを持っていく。
④全体提案
「値上げの目的は供給力の確保」というスタンスを徹底して貫くこと。決して、自社の利益を積み増そうとしているのではなく、値上げしないと経営がもたない、製品や部品を供給できないことを丁寧に伝える。迷惑をかけないためにも協力して欲しいというお願いのスタンスで感情が伝わるようにするといい。
⑤見積り方法を改める
「1個でいくら」という従来の見積りをやめ、変動費に応じた製品価格の見積りに変える。
見積り単価 = 変動費 + 加工費
変動費 = 基準単価 × 数量
基準単価 = 基準単価の根拠、設定日、改訂頻度
見積り用のエクセルに「単価表」を作っておく。