ソーシャル・メディアが人々の行動に影響を与える
「ハイプ・マシン(ソーシャル・メディア産業複合体)」と名付けた装置は、世界規模の通信ネットワークで私たちをつなぎ、1日に何兆という数のメッセージを運ぶ。ハイプ・マシンは私たちに様々なことを知らせ、楽しませ、考え方に影響を与えて行動を操る。そういうアルゴリズムによって動いている装置である。
ハイプ・マシンの標的は人間の心である。私たちの神経細胞を刺激し、購買行動、投票行動、運動の仕方などに影響を与える。私たち1人1人を分析し、その結果を踏まえて、読むもの、買うもの、信じるものの選択肢を与える。また、過去の私たちの選択を学習し、提案を最適化する、ということを繰り返していく。ハイプ・マシンは稼働しながら、1人1人の人間についてのデータを蓄積していく。そして、自ら蓄えたデータを利用して、マシンは動きをさらに効率化する。
ソーシャル・メディアはとにかく人間同士を効率よくつなぐようにできている。そして、人と人との情報のやりとりが盛んになるように作られている。流れる情報は、それぞれの人に合ったものになるよう調整されている。そのため、誰もがますます熱心にソーシャル・メディアを利用するようになる。
ただ問題は、情報を意図的に改変することがあまりに容易だということだ。現代のように、ソーシャル・メディアによる人々の結びつきが過剰に強くなった時代には、情報の操作によって大勢の意見を意図的に操作することや、社会の雰囲気を短期間で意図的に変えることも比較的容易にできてしまう。ソーシャル・メディアをうまく利用すれば、多くの人々の日々の意思決定、行動、関心の方向などを思い通りに操作することもできるのだ。
デマの影響力
ハイプ・マシンは、国家や企業の目的に合うように操作されやすい。また、その気になれば個人でさえ、かなり自由に操作することができる。やりとりされる情報に手を加えることで世論を変化させ、人々の行動を変えてしまうことが可能だ。
今、ソーシャル・メディアには、フェイク・ニュースやヘイト・スピーチなどが氾濫している。1つのデマ・ツイートのせいで市場が破壊されることもあれば、マイノリティへの暴力が横行することも、感染症の拡大が助長されることもある。ある国の民主的な選挙に、ソーシャル・メディアを利用して他国が介入することもある。
フェイク・ニュースの困ったところは、同じようなニュースが何度も繰り返し、同じようなパニックを引き起こすということだ。偽の情報は本物の情報よりも速く広まり、人々の行動を誤った方向に導く。このようなフェイク・ニュースは、民主主義、公衆衛生などに重大な悪影響を及ぼす。フェイク・ニュースそのものは昔から存在していたが、ハイプ・マシンによって、以前よりはるかに速く広まるようになり、拡散の範囲もはるかに広くなった。
フェイク・ニュースの拡散には一定のパターンがある。フェイク・ニュースは完全な嘘とは限らない。本物の情報を基にして、それを少し歪め、ねじ曲げたものも多い。虚実を混ぜ合わせて、中でも最も物議を醸しそうな、最も人の感情を動かしそうな要素を強調する。そのソーシャル・メディア上での拡散はあまりに速いため、消し去ることはほぼ不可能である。
実は、フェイク・ニュースを見る人の分布には大きな偏りがある。ツイッター上では、フェイク・ニュース閲覧の80%がわずか1%の有権者によるもので、フェイク・ニュース・ウェブサイトからの情報のシェアの80%を有権者の0.1%がしていたに過ぎない。それでもフェイク・ニュースは社会全体に影響を及ぼす。
フェイク・ニュースの拡散には、協調して動く多数のボットと、無意識の人たちの両方が関わる。フェイク・ニュースが最初にツイートされると、ボット達は一斉にリツイートする。次にボットがリツイートしたフェイク・ニュースを、大勢の人間が大量にリツイートするのだ。
ボットには、影響力の大きい人物の名前を繰り返し引き合いに出すという特性もある。そうすることで、もし影響力のある人物にフェイク・ニュースをリツイートさせることができれば、拡散に役立つだけでなく、情報の信憑性を高めることにもつながる。
人間には、たとえ嘘であっても同じ話を繰り返し聞くと、それを本当だと思いやすい、という性質がある。また、自分が思っていたことに合致する話を信じやすいという性質もある。そのため、人間はフェイク・ニュースに影響されやすい。
ハイプ・マシンの影響は今後さらに強まっていく
デジタル・ソーシャル・ネットワーク、人工知能、スマートフォンの三要素は、人間のコミュニケーション革命の技術的な根幹となっている。この三要素が、ハイプ・マシンの3つの傾向をより強くするだろう。
①ハイパーソーシャライゼーション
私たちは友人や家族、見知らぬ他人から、デジタルの社会的シグナルを大量に受け取る傾向がますます強まっていく。
②大衆説得の個人化
これまでよりさらに個々のユーザーに合ったメッセージが送られ、何を買い、誰に投票し、誰を愛するか、といったことへのハイプ・マシンの影響はますます大きくなる。
③アテンション・エコノミー
企業が人の注意、関心を集めることに今後さらに注力する。
ハイプ・マシンには、利便性と危険性の両方がある。ソーシャル・メディアの設計、規制、収益化、利用方法などについて、私たちがこれから数年の間にどのような判断をするかで、将来は大きく変わるだろう。