事業承継が社会問題に
日本では年々、経営者の高齢化が進んでいる。2020年の全国の社長の平均年齢は60.1歳。元気な高齢者が増えたが、経営者はいつか必ず引退を迎える。その時になって、慌てて後継者を見つけようとしても、時すでに遅しになりかねない。
後継者が不在の経営者は60代で約半数、70代で約4割、80代で約3割に上る。中小企業の後継者不足が今、深刻な状況である。廃業や解散を選ぶ企業の約6割は黒字である。将来性があるにもかかわらず、後継者がいないがために廃業を選ばざるを得ないケースもある。
中小企業を次世代につなげていく事業承継の方法は、大きく分けて次の3つがある。
①親族内承継
親族内での承継は最も馴染みがあり、関係者の理解を得られやすい。自社株や財産を、相続や贈与によって先代から後継者へ移転できるため、所有と経営を一体的に渡しやすいというメリットもある。ただ、経営者に子供がいなかったり、親族に経営能力のある人材がいない場合などは、別の方法を探す必要がある。
②従業員承継
役員を含めた従業員への承継。経営者が選んだ社内の人間が後を継ぐと、先代の考えや企業文化などが受け継がれやすいメリットがある。
オーナーが自社株の大半を所有するオーナー企業の場合、所有(株主)と経営が分離していない。オーナー社長から所有も経営も全て承継される場合、後継者は自社株を買い取るのが基本。一方、「雇われ社長」のパターンも考えられる。オーナーが自社株を持ったまま、従業員が経営権だけを承継して雇われ社長になるというものである。
従業員承継の場合も、親族内承継同様に適任がいるかどうか、また、先代が適任者を育てられるかが問われる。
③M&A
親族内にも従業員・役員にも後継者がいない場合、外部に会社を売却する選択肢がある。とりわけ安定した顧客を抱えていて、収益も上がっている会社なら、買い手がつく可能性が高い。M&Aにはいくつかのメリットがある。
- 親族や従業員といった狭い範囲に留まらず、広く意欲や能力のある後継者を選べること
- 親族内や社内での人間関係の争いごとが起こりにくいこと
- 経営者は事業売却によって負債を完済できる可能性があること
親族承継の割合は、年々減っており、2019年には34.9%にまで落ち込んでいる。これに対して、近年増えているのが従業員承継やM&Aといった親族外への承継である。この内、従業員の内部昇格による承継は、2019年には33.4%に達した。
たとえ親族内に後継者がいなくても、従業員承継によって事業を継続させることができるのである。
従業員承継のメリット
従業員承継には、主に次の4つのメリットがある。
①雇用の確保
M&Aの場合、事業の収益性を優先する傾向が強く、人員削減が実施される可能性がある。その点、従業員承継なら、雇用が維持される可能性が高く、従業員の理解が得られやすい。
②事業の継続・発展性
従業員なら事業内容や業界事情を熟知している。従業員の中から厳選して後継者を指名していると考えられることから、事業承継をきっかけに経営が改善されて、事業が大きく飛躍することも期待できる。
③理念の承継
M&Aによって経営状態が良くなったり、事業が拡大することもあるが、経営理念や企業文化が引き継がれるとは限らない。その点、従業員承継なら、劇的に経営方針や社内体制を変えるとは考えにくい。先代が大切にしてきた経営理念や企業文化をそのまま引き継いで経営していくと期待できる。
④顧客の安心感
顧客にとっても、これまで通りに先代と変わらぬ取引条件が続くと期待できる。
従業員承継のデメリット
①自社株の買い取り
従業員が承継した場合でも、自社株の贈与を受ければ、贈与税を猶予・免除する特例制度が適用されるが、タダで株式を渡す経営者はまずいない。従業員が自社株を買い取る場合は税制の特例はない。所得税を払いながら、自ら自社株を買い取らなければならない。
②借入金の個人保証
多くの中小企業では、会社の借入金を経営者個人が連帯保証している。後継者が経営者の個人保証をそのまま引き継ぐ場合、多額の借入金があると、後継者にとって心理的なハードルが高くなる。
任せることが、事業承継成功の鍵
事業承継がスムーズにいく場合もそうでない場合もあるが、後継者の多くが悩んでいるのは「人」、特に社内の人間関係である。その中でも、最大の課題は先代と後継者の関係である。後継者に承継したものの、先代が口を出して、挙げ句の果てには後継者を追い出して復権する、というケースも珍しくない。
事業承継は継ぐ側の努力も不可欠だが、継がせる側の先代の姿勢も成否を左右する。任せることが、事業承継成功の鍵である。後継者に任せられないなら、事業承継などせずに自分で経営を続ければいい。後継者に事業を承継すると決めた以上は「任せる覚悟」が必要である。