覚えるために忘れる理論
忘れる事には大きなメリットがある。その1つが、人間に生れつき備わった、非常に精度の高いスパムフィルターとしての役割だ。余計な情報を忘れるおかげで、脳は大事な事に集中し、求めている情報を思い浮かべる事ができる。
さらに、忘却は学習の定着に一役買ってくれる。一度学習した事に戻ってより深く学ぼうとする時、脳はいくらかの情報を「遮断」しないといけない。多少何かを忘れないと、勉強量を増やしても何も得られない。つまり、トレーニングで筋肉が増えるように、忘れる事で学ぶ量が増える。
このシステムは完璧とはほど遠い。私達は瞬時に様々な事実を完璧に思い出す事ができる。しかし、複雑な事については、思い出すたびに内容が少し変わる。これは忘却のフィルターが、無関係な多くの情報と共に、関係のある情報もいくらか遮断してしまう事が一因にある。どんな記憶も、思い出そうとするたびに脳がアクセスする詳細が必ず変わるので、記憶の内容も変わってしまうのだ。
記憶の基本原理
どんな記憶にも、保存と検索という2つの力がある。「保存の力」は、学んだ事を覚えている尺度。この力は、勉強すれば着実に高まっていき、勉強した事を使う事で力が研ぎ澄まされていく。保存の力は増える事はあっても減る事はない。これは見聞きした事や自分の発言のすべてが、死ぬまで永遠に保存されるという意味ではない。経験する事の99%以上が、あっという間に消え去ってしまう。脳は関係のあること、役に立つこと、関心のあることしか保持しようとしない。
保存する力が減らないというのは、意識的に記憶した事は、すべて永遠に脳内にあるという意味だ。人間の記憶の容量は、テレビ番組に換算すると300万番組にもなる。だから量は問題ではない。
脳内の記憶は、徐々に消え去ってなくなるという意味で「失われる」事は絶対にない。失われるのではなく、一時的に引き出す事ができないだけで、記憶の「検索する力」が低いかゼロに近い状態だという事だ。
この記憶のもう1つの力である「検索する力」は、情報の塊をいかに楽に思い出せるかの尺度。これも学習して使う事で力が増大する。但し、「強化」をしないと、検索する力はすぐに衰えてしまう。また、その容量は保持する力に比べて小さい。ヒントや思い出すきっかけとなる何かから、関係する情報を引き出す事はできるが、どんな時もその数には限りがある。保存の力に比べると、検索の力は不安定だ。強くなるのも早いが、弱くなるのも早い。
古くなった記憶を上書き、または消去するシステムと比較すると、引き出す事はできなくなるが保存されたままでいるシステムには重要なメリットがある。引き出せなくなるおかげで、それらの記憶が最新の情報や手順の妨げになる事はない。そして、記憶にとどまっているおかげで、少なくとも特定の状況下において思い出す事ができる。
記憶を使えば記憶は変わる。それは、良い方に変わる。忘れる事で、覚えた事がより深く脳に定着する。それは、余計な情報をふるいにかけると共に、覚えた事を一時的に断絶する事で可能になる。断絶した記憶をその後再び引き出すと、検索の力と保存の力が以前よりも高まるのだ。
記憶力を高める方法
・勉強する環境には、音楽などの何かがある方が、何もないよりもいい・勉強の場所を変えた方が思い出しやすくなる
・手順や環境に変化を持たせれば、学習の強化につながる
・一度に勉強するよりも分けた方が、より長く記憶にとどめておける
・受動的に繰り返された事よりも、能動的に繰り返した事の方が強く脳に刻まれる
・覚えているかどうか自己テストする事で、思い出す力が格段に高まる