ピッチとは
ピッチとは「相手の決断を引き出す提案方法」である。スタートアップはどんなに素晴らしいアイデアを持っていても、著名な投資家にはなかなか話を聞いてもらえない。投資家には日々膨大な案件が持ち込まれていて、1日に割ける時間は限られているからである。そこで、限られた時間の中で、機会を捉えて人の心をつかみ、相手を決断に導かなくてはならない。
ピッチとプレゼンテーションには、以下の違いがある。
ピッチ | プレゼンテーション | |
時間 | 3〜5分程度 | 数十分〜1時間程度 |
目的 | 相手の決断を引き出す | 自らの提案が採択される |
場所 | どこでも | プレゼンテーションのために用意された場所 |
結果 | その場で決める | 時間をかけて判断してもらう |
すべてのピッチに共通するのが「相手に何をして欲しいのか」を明確に述べることである。相手が「何に注目するか」「どう受け止めるか」に想像力を働かせて要点を絞り、短い時間でも、伝えて「決める」。これらピッチのノウハウは「人を巻き込んでいく技術」として、ビジネスに限らずあらゆる場面に活用できる。
本当の「価値」を見極めるフレームワーク
シードアクセラレーターとは、立ち上げ間もないスタートアップから有望なチームを選抜し、資金と事業を拡大させるための様々なノウハウや機会を提供することで、スタートアップの成長を一気に加速させるプログラムである。Open Network Lab(オンラボ)は日本でこの事業に取り組んでいる。
オンラボのプログラムは、以下の7つの項目のフレームワークを埋めてもらうところからスタートする。
(私のアイデアは)
- 誰の :ユーザー層を具体的に絞る
- 課題を :そのユーザー層が抱える悩みや痛み
- 解決する :どんな方法を用いて、どのくらいの悩みや痛みを解消できるか
- なぜ今 :課題の緊急性と今後の展望
- 既存代替品:課題を抱える人は現時点でどう対処しているのか
- 市場規模 :事業はどこまで成長する可能性があるのか
- なぜあなた:その事業に取り組む上で客観的な優位性となる個人やチームの特性、必然性
この7つの項目は、プロダクト(アイデア)に本当に価値があるかを見極めるためのチェックシートであると同時に、ピッチに「人を動かす」力を持たせるための重要なツールでもある。この7項目のフレームワークは「誰かの課題を解決できるプロダクトが成功する」という考え方に基づいている。「誰の」の人数やその経済力の大きさが大きければ大きいほど、また「課題」が切実であればあるほど、そして「解決する」効果が高ければ高いほど、そのスタートアップの成功の可能性は高まる、という考え方である。
ピッチの本質は結晶化するプロセスにある。プロダクトやアイデアの価値を7項目のフレームワークに結晶化していく過程で、色々な問題点や不確実性が見えてくる。その度に検証を繰り返すことで、少しずつプロダクトやアイデアの重要ではない要素や不確実性が取り除かれ、ピッチが「人を動かす」力を増していく。
人を動かすピッチで大切なこと
正しい「準備」ができれば、誰でもピッチで人を動かすことはできる。ピッチのために準備するものは「語る言葉」「言葉をより効果的に伝えるためのスライド資料」「語り手の話し方や振る舞い」の3つである。正しい準備とは、この3つを使ってピッチの相手の決断の瞬間を演出することである。ピッチでは、語り手の言いたいことを話すのではなく、相手にどんな思考と感情の流れが生まれたら決断してもらえるかを見据えて話す必要がある。
ピッチの準備に大切なのが、次の3つである。
①コンテクスト
文脈や背景。人が何かに価値を感じる物事の見方。ピッチで重視すべき価値は、ピッチする側の価値ではなく、ピッチを聞く側にとっての価値である。
②デザイン
ピッチには、相手を決断に導く流れを「設計する」という考え方が必要である。スライド資料の見た目だけではなく、相手を決断に導くためのピッチ全体の流れの構成(ストーリー、シナリオ、ビジュアル等)を設計する。
③デリバリー
メッセージや情報を提示する方法はもちろん、語り手の言葉の選び方、話し方、身振り、視線などの振る舞い方、そして場合によっては衣装などまで、利用できるものは何でも活用して、相手の決断の瞬間を能動的に演出する意識を持つことが重要である。
ピッチで届けるメッセージは論理的に構成されている必要がある。しかし、より高い効果を求めるには、ピッチの相手にサプライズ(内容の独自性、ユニーク・インサイト)を与えなければならない。