道を継ぐ

発刊
2017年3月25日
ページ数
208ページ
読了目安
184分
推薦ポイント 4P
Amazonで購入する

Amazonで購入する

多くの人を動かし続ける生き方
2008年に、49歳でその生涯を閉じた伝説の美容師・鈴木三枝子さんの姿を描いた一冊。今なお美容業界において、影響を残している美容師の仕事への向き合い方や人の育て方を紹介しています。

伝説の美容師

美容業界で「鈴木さん」といえば、「鈴木三枝子さん」だった。日本を代表する女性美容師だ。訃報がもたらされた2008年の夏、日本の美容業界で鈴木さんを知らない人は1人もいなかっただろう。

全国で次々と大掛かりなヘアショーを開催して、一躍有名になったヘアサロン、MINX。会場には熱狂的ファンの出待ちの列が続き、サロンにも客が殺到した。2000年代のカリスマ美容師ブームを牽引した存在でもある。そのMINXで代表の高橋マサトモさんとともに数々の伝説を作り、サロンの顔として活躍したのが、高橋さんの公私にわたるパートナー、鈴木三枝子さんだった。美容師の中には「鈴木さんに憧れて美容師を目指した」という人が多い。

その鈴木三枝子さんの死は突然すぎて、若すぎた。享年49歳。手術ができないタイプのスキルス胃がんだった。

お客様に育ててもらえ

MINXは高橋マサトモさんが1985年3月に下北沢でスタートさせた美容院だ。そして同じ年の12月、高橋マサトモさんは同業者だった鈴木三枝子さんと結婚した。以降亡くなるまでの22年間のほとんどを、鈴木さんはこのMINXに捧げた。今年創業32周年を迎えるMINXは、名実ともに日本を代表するトップサロンだと言われている。

鈴木さんの活動は、雑誌でのヘアスタイル撮影、タレントのヘアメイク、ショーやテレビへの出演、講演や単行本の制作など多岐にわたったが、その主戦場はサロンワークだった。サロンワークとは、美容院のフロアに立ち、お客さまにヘアスタイルを提供してお返しする、つまり美容院での営業時間内の仕事を指す。どんなに華やかな外部の仕事が多くなっても、鈴木さんはこのサロンワークが一番大切だと言い切っていた。

鈴木さんのサロンワークは変わっていた。アシスタントともお客様とも、それから自分以外のスタイリストとも、その距離感がびっくりするほど「近い」のだ。例えば、鈴木さんは営業中、お客様の前で平気でスタッフを叱りとばした。しかし、そんな鈴木さんの姿を、お客様たちはニコニコと見守っていたという。まるで、自分がスタッフ教育の役に立てているのが誇らしいとでもいうように、お客様は一様に鈴木さんに協力的だった。

一方で「お客様ありきだけれど、お客様の言いなりにはならない」のも、鈴木さんの信条だった。お客様がやりたいと言った髪型をプロとしての判断で却下したり「なんでもいい」と言ったお客様に説教することもあった。本人以上に本人のことに真剣。「自分たちの仕事の価値はお客様が決めてくれる。だから、お客様に育ててもらえ」というのが、鈴木さんの口癖だった。

神は先っぽに宿る

鈴木さんの生き方が私たちに教えてくれた1つは、仕事への向き合い方だ。鈴木さんの仕事ぶりは、「相手の立場に立って」の部分がとことん徹底されていた。お客様が嬉しいと思うことなら、迷わずやりなさい。自分が嬉しいと思うことは、よく考えてからやりなさい。それが当然のようにできる人だった。

鈴木さんの仕事はまさに細部に神が宿っているものだった。髪を切る時も、乾かす時も「毛先の先まで魂を込めろ」と言い続けてきた。そして、鈴木さんは確固たる評価を得てからも「どんな職業でも時代とともに進化する」と言って、なんでも学ぼうとした。「知っていてやらないのと、知らないでやれないのは違う」と言って、自分が知らない情報は、なんのてらいもなく「教えて」というのが仕事に対する姿勢で、それは鈴木さんが亡くなる直前まで続いた。

とことんまで仕事と向き合うこと。時にそれは自分の限界を超えることでもあり、自分に自信をもたらしてくれることでもあり、自分に生きる力を与えてくれることでもある。