雇用なき景気回復
不況が失業者を増やすのは言うまでもないが、2007年5月から2009年10月にかけて、米国の失業率は5.7ポイントも急上昇した。だがもっと重大な問題は、景気が回復しても失業者が職を見つけられなかった事である。大不況の終結が公式に宣言されてから25ヶ月後の2011年7月、米国の失業率はまだ9.1%という高水準にあった。最悪の時期からわずか1ポイントしか下がっていない。
GDPは、大不況終結から年平均2.6%の成長率を記録し、米国の企業収益も史上最高水準に達している。経済史をひもとくと、企業が成長し、利益を生み、機械や設備を購入する時には、労働者も雇うものと決まっている。だが、米国企業は、大不況が終わっても雇用を再開しなかった。
米国の失業問題を説明する説の一つに「雇用の喪失」説がある。テクノロジーの加速的進化が大勢の人々の賃金や雇用を脅かすというものである。
加速度的に進化するテクノロジー
テクノロジーが人間のスキルや賃金や雇用に与えるインパクトにもっと注意を払わなければならない。技術の進歩はあまりに速く、多くの労働者がテクノロジーとの競争に負けている。それが雇用統計に反映されているのである。
しかもコンピュータは、この先さらにパワフルに、さらに高度になる一方である。かつてはSFの世界だけだった高度な能力が、現実のものになろうとしている。このめざましい動きを理解するためには、2つの法則に注目するとよい。
・ムーアの法則:ICの集積密度が12ヶ月で倍増し、性能が向上していくこと
・チェス盤の法則:時間の経過とともに加速的に増える指数関数的な進化のこと
コンピュータの産業利用において、私達はチェス盤の残り半分に突入したため、今後指数関数的な進化が私達を驚愕させる。
テクノロジーが格差を生む
米国経済がここ数十年間で創造した富は数兆ドルに上るが、その大半が人口のごく一部に集中した。経済学者のエド・エルフによれば、1983〜2009年に創造された富の100%以上が世帯の上位20%で生じており、残り80%の世帯では富が減っているという。それも、富の正味増加分の80%以上が上位5%の世帯に、40%以上が上位1%に集中している。
この事実は、コンピュータの性能向上と対照をなす。技術進歩と富の創造は停滞せず、停滞したのは所得の中央値である。端的に言って、中間層の労働者はテクノロジーとの競争に負けつつある。技術の進歩で富の総量が増えたとしても、勝ち組と負け組ができる場合が多い。しかも負け組の方が少ないとは限らないのだ。技術革新がもたらす勝ち組と負け組は次の3通りで定義される。
①スキルの高い労働者対スキルの低い労働者
技術革新の結果、高いスキルを持つ労働者に対する相対的な需要は高まる一方で、スキルの低い労働者に対する需要は減少し、場合によっては途絶えている。プログラミング、マネジメント、マーケティングなどの複雑な仕事は人間の守備範囲に残されるが、単調な反復労働は機械に肩代わりされていく。
②スーパースター対ふつうの人
多くの産業は勝者総取りかそれに近い状態になっており、少数の人が圧倒的な報酬を手にしている。たとえばポップミュージック、プロスポーツ、大企業のCEOなどの市場だ。
③資本家対労働者
テクノロジーが生産プロセスにおける人的労働の相対的位置づけを押し下げるとすれば、生産されたモノとサービスから得られる収入について、資本財の所有者はより多くを手にする事が可能になる。
スキルの低い労働者の所得と雇用が減ると、差し引きで総需要は落ち込む。労働者から資本家への所得移転も、資本家が限界所得を貯蓄に回すため、総需要の縮小につながる。