「自分らしさ」を形づくる最大の要因はDNA
20世紀を通して、心理的形質は環境要因がもたらすと考えられ、そうした環境要因は「育ち」と呼ばれてきた。心理的形質は家族のメンバー同士で似通っているため、それが家庭環境に起因すると考えるのは理に適っていた。一方、遺伝子も家族のメンバー同士で似通っている。そのため、家族のメンバーが似たような心理的形式を持つ理由は、生まれ(遺伝)と育ち(環境)の両方にあると考えられた。
遺伝の影響の推定値は「遺伝率」と呼ばれ、「個人間の違いがどの程度、親から受け継いだDNAの違いによって説明できるか」を数値化したものとして定義される。現在では、心理的形質の違いの50%が遺伝的な違いによると発見されている。つまり、親から受け継いだDNA差異こそが「自分らしさ」を形づくる最大の要因なのである。
環境の中の遺伝
子育て、離婚、青年期以降の友人関係、社会的支援、子供のテレビ視聴時間など、どんなものであれ、「環境」要因にも大きな遺伝的影響があることが判明している。パーソナリティにおける多様な遺伝的差異によって、ライフイベントなどの出来事をどう経験するかに個人差が生まれるのである。
様々な環境要因についての分析結果からは、環境要因の遺伝率の平均は25%だった。つまり、純粋な環境要因とされてきたものですら、1/4は遺伝で説明できるのだ。25%という遺伝率はあくまでも平均値であり、自分でコントロールできるライフイベントなどはそれより遺伝率が高く、親戚や友人の死や病気といった自分でコントロールできないライフイベントは遺伝率がほぼゼロだった。
年齢を重ねるほど遺伝率は高まる
遺伝の影響は、私たちが歳を取るにつれて強まる。年齢が上がるにつれて遺伝的影響が弱まるものは1つもなく、中でも年齢とともに遺伝率が劇的に上がるものは認知能力だと判明した。
研究の結果、人生全体を通しての知能の遺伝率は平均50%程度だった。この遺伝率は年齢とともに、20%(幼児期)から40%(児童期)、60%(成人期)と変化する。この遺伝率の上昇は、発達に伴う遺伝率の変化がほとんど見られない他形質、とりわけパーソナリティと学業成績と比べて際立っている。なお、学業成績の遺伝率が60%程度に対して、知能の遺伝率が40%程度であるのは、1つの可能性として、低学年での普通教育によって環境の違いの影響が薄まるためだと考えられる。
DNA配列は変化しないにもかかわらず、遺伝子の影響は時間の経過とともに変化する。この理由の可能性として最も高いのは、幼い頃に遺伝が少しだけ後押しすると、その影響が年齢とともに膨らんでいくというもの。つまり、同じ遺伝要因が雪だるま式にどんどん大きな効果を及ぼすようになるのである。
異常は正常である
心理的問題は「あるか、ないか」で区別される疾患のように診断される。しかし、遺伝学研究から、「疾患」と呼ばれるものは、連続した特性の正規分布の中で、程度が極端になった状態に過ぎない、とわかった。要するに、精神疾患の遺伝子は存在しない。疾患と呼ばれるものの遺伝的な原因は、他の人との量的な違いであって、質的な違いではないのだ。
うつ病やアルコール依存症、読字障害といった心理的問題は深刻であり、問題の程度が大きいほど、本人や家族、社会的に深刻な影響が及ぶ。しかし、遺伝的なリスクは切れ目なく連続して分布しているため、ある人がその疾患を患っているかいないかを判定しようとする試みには意味がない。しかも、そもそも疾患というものが存在しないのだから、疾患を治すこともできない。問題がどの程度軽減されたかという観点から、治療の成功を量的に判断する必要がある。
DNA以外に個人差をもたらすもの
両親や兄弟との心理的形質の遺伝率は約50%で、残り50%は環境で説明されるが、同じ家庭で育つことによる共有環境の影響を示す証拠は全くない。環境は個人差の重要な源だ。しかしその環境とは、心理学者が重視してきた家庭環境ではない。家族のメンバーの類似性は遺伝の影響ですべて説明されるため、共有環境の影響は無視できるほど小さい。
同じ家庭で育った子供たちを異らせるように働く環境を「非共有環境」と呼ぶ。非共有環境は、遺伝や共有環境で説明できない残りのばらつきを説明する。個人差をもたらす主要な環境要因である非共有環境の具体的な源泉を見つける研究はあまり進んでいない。非共有環境の影響とは、どうやらごく小さな効果量しか持たない数多くの経験によってもたらされるようだ。ささやかな効果量しか持たない経験はあまりに多く、それらは本質的に個別的なものであり、結局は偶然ということになる。一見取るに足らないような偶然の出来事が人生の方向性をごくわずかに変化させ、それが時間の経過と共に連鎖的に影響を広げていくことが少なくないのだ。