現代の私たちが感じている「追われている感覚」の正体
現代を生きる私たちが毎日感じている「しんどさ=追われている感覚」をもたらす「追手」には、次の6つがある。
①時間
近代では労働者を管理する道具として、時間が使われるようになった。現代においては、時間の管理が内面化され、生活のあらゆる場面で私たちを支配している。
②成長
資本主義社会においては、時間は単調に経過するのではなく、私たちは成長を義務付けられ、それによって競争から逃れられない運命にある。
③数字
国家のGDPも会社の売上も、生産性もKPIも、数字なしには表現できない。数字は見えないものを見える化することで、比較を容易にし、人を競争に駆り立てる。多くの現代人はこの構造の一部に取り込まれている。
④労働
現代では、事あるごとに「仕事で何を成し遂げたい?」と尋ねられ、働くことを前向きに楽しまなければならないようなプレッシャーにさらされる。人類は、本質的に辛いはずの労働に「宗教的意義」や「自己実現」といった様々な期待をどんどん上乗せしてきた。
⑤お金
お金をたくさん稼ぐ人が評価される社会とは、裏を返すと、他人よりお金を稼げない自分は価値が認められない社会である。当分の生活には困っていないのに、自分より年収が高い人を見ると、劣等感を抱いてしまう感覚の背景には、こんな心理状態がある。
昔からのお金と道徳を「綱引き」と考える価値観は「お金に執着するな」と囁き、それを「二人三脚」と考える価値観は「もっと稼げ」と叫ぶ。この両方の声に挟まれて、私たちは永遠に満足できない。
⑥消費
私たちが必要以上の商品を買ってしまうのは、その商品が単なるモノではなく「社会的地位」「他者からの承認」という記号としての意味を持っているからである。問題は、そのような記号の消費によって私たちが心からの満足を得ることが難しく、常に「次へ次へ」と急かされてしまうことである。
「追われている感覚」を生み出す資本主義
6人の追手は、資本主義の6つの構成要素とそれぞれ深く関係しており、これらが「追われている感覚」につながっている。
①分業→時間
分業は生産性の向上を目的とし、そのシステムが機能するには「時間の統一」という条件が不可欠になる。生産性を高めるためには、全員が同じ時間に作業を開始し、同じリズムで動かなければならない。こうして生まれたのが、工場の時間管理システムである。私たちは、こうした効率化・生産性向上の精神によって、時間に追われている。
②市場→消費
資本主義社会において、人々は商品を市場で購入し、消費する。市場は自身を拡大するために消費の欲求を創り出し、創出された欲求はさらなる市場拡大を促す。市場は、単なる商品の売買の場から、欲望を生産する装置へと変貌してきた。
③商品→お金
人間が労働生産物を価値ある物として扱えば扱うほど、商品が持つ社会的な力は大きくなっていく。その結果、商品が人間をコントロールするようになり、人間は否が応でも商品や貨幣を崇拝するようになる。しかも、貨幣はそれ自体が欲望の対象になり、その欲望には限界がない。
④資本→労働
資本とは「自己増殖する価値」である。生活の充足が目的ではなく、価値の増殖それ自体が目的になる。価値は「労働者の労働」によって自己増殖する。そのため、資本家は、労働力という商品からできるだけ多くの剰余価値を絞り出そうとする。
⑤イノベーション→成長
価値の自己増殖を運命付けられた資本主義に、現状維持や停滞は許されない。資本主義の成長のエンジンであるイノベーションは、他方で「成長の呪い」として個人に降りかかり、私たちを追い立てる存在ともなり得る。
⑥金融→数字
資本主義の発展とともに歩んできた金融経済は、数字、統計学、物理学といった学問によって支えられ、発展してきた。金融経済における「数字」は、人間の欲望によって一人歩きを始め、人間社会を翻弄する危険を常にはらんでいる。
資本主義とちょうどいい距離感を調整する
資本主義の本質を貫く最大の特徴は「欲望拡張」という概念である。欲望拡張とは「人間の欲望が資本主義を無限に拡張していく原動力となるのと同時に、資本主義が人間の欲望を無限に拡張していくという相互関係」と理解できる。この終わりなき循環が、現代社会を動かしている。欲望拡張には目的などなく、そこにあるのは盲目的な自己拡張だけである。
資本主義は欲望拡張原理を中心に回っていくのに対し、1人1人の人間はそれ以外にも様々な価値観や信念によって成り立っている。このギャップこそが、資本主義社会で生きることの難しさの真因である。
資本主義に近づきすぎると押しつぶされる、一方で遠ざかりすぎると最低限の経済的・物質的な豊かさまで失ってしまう。そのため、自分にとって資本主義とのちょうど良い距離感を調整することが必要である。