バーガーキング暗黒期
日本の外食の市場規模は約24兆円で、米国、中国に続き、世界第3位。古くから様々な外資系飲食チェーンが参入を試みてきたが、長い歴史の中でうまくいっている企業の方が少ない。成功事例で思い浮かぶのは、マクドナルドとスターバックスコーヒーぐらいだろう。
そんな市場で、バーガーキングも苦戦を強いられてきた。1993年に初上陸したが赤字経営が続き、2001年に撤退。2007年にロッテグループによって再上陸を果たし、9年にわたり日本国内で運営し、約100店舗にまで伸ばしたが結局赤字。2019年に香港の投資ファンドに売却され、ファンドが出資するBKジャパンが運営することになった。
そもそもバーガーキングが日本でうまくいっていなかった理由の1つには、バーガーキングの加盟店を募集・管理したり、直営店を展開したりする権利である「マスターフランチャイズ権」を日本法人に渡し、統括する、シンガポールにあるBKAPとの関係がうまくいっていなかったことになる。日本側にグローバルで展開するブランドのインターナショナルビジネスの経験者がほとんどいなかったため、どんな商品を発売するかなど重要な施策の決定権をBKAPが握ることになった。しかし、日本特有のローカルの事情に精通していないと、適した商品や施策の展開は困難だ。
バーガーキングで行ったマーケティング
マーケティングとは、結局のところ、ブランドのことをしっかり考え、施策を打つことで、顧客に「うまい」「これがいい」と言ってもらうこと。結果的に売上が上がり、利益が生み出される。今まで赤字続きだったバーガーキングに対して、「徹底して利益創出のためのマーケティング活動」として行ったのが次の3つだ。
①ブランドの方向性を定める
改めて、ハンバーガー業界を直視して浮かび上がったのが、日本はマクドナルド一強であり、ベンチマークにすべきはマックだということだ。そこで見出したのが、「真っ向勝負を避ける」「違いを演出する」こと。ユニークさを見せることに重点を置くことで、不毛な消耗戦を回避し、自分の得意な土俵で勝負することが可能になる。そして、ブランドの方向性を決めて、それがいかに最終的に利益を生むゴールまで辿り着くかを示す「一貫したシナリオ」を持つことが鍵となった。
バーガーキングの場合、ブランドの要として見出したのが「直火焼き」という独自の手法だ。時間や手間、コストもかかるが、鉄板で焼くよりも美味しい。「直火焼き」「リアルな直火」は極めてユニークであることから、「異質&異端」というキーワードを連想して「大胆で強気な施策」を行っていくことを演出要素とした。そして、「本格バーガーというものを教えます」をブランドプロポジションとして定めた。このブランドプロポジションを顧客のキーインサイトにぶつけ、直火焼きや様々な演出要素によって醸成される競争優位性を生み出し、最終的に「バーガーはバーガーキングで食べる」となって、ゴールとしての利益を生む。これが、ブランドの方向性としてのシナリオだった。
②それを行う体制を整える
体制づくりにおいては、施策をどう回していくか(プロセス)と、どうチェックしていくかを考えることが要点になる。
プロセスについては、「新商品開発チーム」と「ブランドチーム」の2つのチーム制とし、並列で同時に動き出し、情報交換しながら進めていく手法を取り入れた。新商品開発チームには「シェフはいらない」という意識を徹底し、常に味のトレンドや移り変わりの情報を仕入れて、それを自分の意見やセンスではなく、データに基づいて説明させた。ブランドチームには、自分自身の中に「ブランド愛」を醸成し、商品大好きな営業マンになってくれと言った。
チェックについては、「この施策は果たして行っていいのか」を、両チームと一緒に繰り返し検討を重ねていく。様々なインサイトから抽出したキーインサイトは「課題解決につながるのか」、さらにキーインサイトはバリュープロポジションとのバランスを見ながら「ブランドの約束を守っているか」を確認していく。特に自己満足」を戒めることは重要である。
③実行の方法を考える
2019年当時、施策を実行するには、決定的にお金が足りなかった。そこで、つかみ取った1番のコツが、大手企業があまり活用していなかった「PR会社を用いて、バーガーキングを大きく膨らませて見せる作戦」だ。当時はまだPRがメジャーではない時代だった。
まず、エッジの効いた新商品や新施策が打ち出し、プレスリリースを携え、様々なメディアのオフィスに走り、記事化を懇願する昭和スタイルの営業を行った。そして、ニュースを受け取ったユーザーたちが、SNS上で賛否両論が繰り広げられるようになり、そうした声の1つ1つを丁寧に拾うソーシャルリスニングを徹底しながら、施策に役立てていった。