アバンダンス 「豊かな時代」を呼びさませ

発刊
2025年12月25日
ページ数
360ページ
読了目安
489分
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豊かな社会をつくるための思想
アメリカの共和党と民主党の過去の政策の失敗によって、引き起こされている現在のアメリカ社会の問題を問い直しながら、どのようにすれば豊かな社会を構築できるのかを解説している一冊。

様々な規制や利害調整の失敗によって、イノベーションが妨げられており、結果としてパイと取り合い、分断が引き起こされている現在のアメリカ社会の問題が浮き彫りにされています。現在のトランプ大統領の台頭など、アメリカ社会の根底にある問題のことを理解することができます。

欠乏の歴史

我々が自らの望む未来を実現するには、必要なモノをもっとたくさんつくり、発明しなければならない。21世紀のアメリカの物語は、自ら選択した「欠乏」の物語だ。

多くのアメリカ人はクリーンエネルギー革命に断固判断し、原子力発電所を閉鎖したり、太陽光発電計画に抗議運動を起こす。国内の裕福な都市圏は、新たな住宅建設を困難にする規制をかけている。科学者を有望な研究テーマから遠ざけるような研究、助成、規制のシステムが放置され、生活の質を高める発明の芽を摘んでいる。

 

こうした阻害要因の中には、信念や利害の違いを映すものもある。過去の遺産が現在の危機につながっているケースもある。危機の中にはアメリカ政治の核心をなす、ある種の「イデオロギー的共謀」を映しているものもある。20世紀を通じて、アメリカでは政府を敵視する右派と、政府の動きを封じ込めようとする左派が形成されてきた。「大きな政府」か「小さな政府」かという規模をめぐる議論によって、政府の能力低下という問題が覆い隠されてきた。そして国民は消費財の豊かさに目を奪われ、住宅やエネルギー、インフラや科学的発見の欠乏に意識を向けてこなかった。

 

供給不足による生活者の危機

経済学の中核をなすのが、需要と供給という概念だ。需要と供給が噛み合っていると経済は均衡し、両者が乖離すると経済はおかしくなる。需要が過剰で供給が過少な場合、不足が生じ、物価は高騰し、モノやサービスの利用を一定量に制限する配給が必要となる。反対に供給が需要を上回る場合は供給過剰、解雇、景気後退につながる。

供給と需要は結びついている。しかしアメリカの民主党も共和党も両者を分けて考える。「供給サイド」は右派の言葉とされる。供給サイド経済学の重点は、減税と規制緩和によって民間部門から政府の影響を排除することだった。だが、社会が必要とするモノを市場メカニズムが供給しない場合はどうなるか。

 

一方の民主党は、小さな政府型政策の勢いに圧倒され、自らの活動の場を需要サイドに限定した。過去数十年にわたり、左派の公約や政策は、市場が生産するモノを貧困層が購入できるように、お金やその代用となるバウチャーを配ることを軸としてきた。そして、モノやサービスの供給にはさほど注意を払ってこなかった。

問題は、給付によって不足しているモノの需要を増やすと、価格上昇や実質的な配給という結果を招くことだ。住宅の供給が限られているのに補助金をばら撒けば、家主は大儲けできる反面、家賃が高騰して家を借りられない人が続出する。医者が足りないのに医療費補助をばら撒けば、診療費が高くなる。

 

民主党も共和党も国民がモノやサービスを買えるようにするための法案を成立させ、何兆ドルもの資金を支出してきた。だが供給が限られているモノの購入資金を給付するのは、上昇し続けるエレベーターに追いつこうと梯子をかけるようなものだ。こうしてできあがったのが、消費財の価格こそ低いものの、資産価格の上昇で富裕層がうるおい、労働者階級は住宅債務、奨学金債務、医療債務などの借金が膨らんで沈没寸前という状況だ。

 

アバンダンス

経済成長とは同質のものが増えることではない。成長する経済と停滞する経済の違いは「変化」だ。経済を成長させるとは、今とは違う未来を前倒しすることだ。新たなアイデアやプロセスが新たな技術となり、生産性が向上し、誰も想像したことのないようなモノが生まれるのだ。そして、不可能と思われていた問題の解決に道を拓く。

自由市場がこうした発明のいくつかを生み出してくれれば有難いが、それでは間に合わない。市場自体には経済的恩恵より社会的恩恵をもたらすようなリスクの高い技術に資金を投じる能力は備わっていない。それは政府の役割だ。

 

私たちが思い描くのは「欠乏」ではなく、「豊かさ(アバンダンス)」という未来だ。我々の時代は存亡に関わる二項対立に直面している。豊かさか欠乏か。

右派のポピュリズムは、外国人に門戸を閉ざし、変化を止め、過去の産業や支配構造を礼賛することで権力を得ようとする。ポピュリズムの手駒が「欠乏」だ。リベラルは移民を悪しざまにいうトランプやバンスの発言を嫌悪するが、民主党も独自の欠乏の政治を実践している。リベラルな州や都市の用途制限は住宅供給を抑え、近年の移民流入以上に不動産コストを押し上げている。こうした規制は生活者の危機を悪化させ、それが右派の攻撃材料となっている。つまりリベラルの過ちが、反リベラル派台頭に寄与している。

 

豊かさの追求とは、制度の刷新を目指すことだ。政府の可能性を信じるなら、まずは政府を機能させなければならない。そして、建設や発明を今これだけ困難にしている手続きを変更するためには、リベラルが構築してきたシステムが本当に当初の目的を反映しているのかという問いと向き合う必要がある。