平時にこそ変革を起こす
カインズは、全国に約250店舗を展開するホームセンター大手である。2019年、カインズの代表取締役社長に就任した時、カインズは増収増益を続け順調に成長していた。その増収増益は、主に新店舗の出店と新商品の開発が原動力だった。だが中身をよく見ると、既存店舗の成長は既に頭打ちとなり、客数も減少していた。新店舗も人件費や販売促進費が増え、投資回収までの期間は長くなる一方だった。そこで、体力のある内に変革に踏み切るべきだと判断した。
増収増益を実現してきた思考や行動には以下のものがある。
「改善を積み上げる」「できることから、すぐやる」「リスクは回避する」
しかし、変革においては、これと正反対の思考や行動が求められる。
「何でもやるのではなく、やるべきことに絞る」「着眼大局、着手小局でブレずに続ける」「リスクをとって勝負する」
これらの思考をもとに、新たな成長の柱をつくり出す。そのためには時間とカネが必要になる。そこで、連続増収増益にこだわるよりも、将来に向けた投資を優先しようと決めた。
「いい経営者」とは
いい経営者とは、多くの社員がまだ危機を実感していない平時に、社員にコンフォートゾーンから抜け出してもらい、変革を成し遂げていくものだ。危機が目前に迫ってから手を打つよりも、はるかに選択肢は多く、生き残る確率も高くなる。
変革を開始しても、すぐに成果は出ない。すぐ成果が出るようなものは、それは変革ではなく改善だ。一方で、変革には先行投資が伴う。投資なくして変革などまずできない。変革が始まってしばらくは成果が出ずに先行しておカネがどんどん出ていく。その状況が長く続くと、社員の不安は疑心暗鬼へと変わり、経営者の信頼が失われかねない。その間、経営者自身が最も不安な状況に置かれ、胆力が試される。
いい経営者には、以下の3つの素養が必要である。
- 論理的・戦略的に物事を分析し、課題を整理し、打ち手の選択肢を考え、意思決定に導く力
- 自らの意思と覚悟を持って決断し、組織を引っ張り結果を出すまでやり続けるリーダーシップを備えた企業家精神
- 合理性を超えた道理性を備え、信頼と共感によって人を動かし、組織や社会を変えていくことのできる力
1と2の能力を人並み以上に備えている経営者は、変革ストーリーを組み立て、様々な手法でキンク(ターニングポイント)を起こし、そして強いリーダーシップを発揮して、変革を成功に導くことができる。但し、平時には危機感で人を動かせないため、3つ目の素養が必要となる。
いい経営者は既存事業も堅調で、キャッシュが手元にある時にこそ、将来の成長につながる事業を生み出し、新たな成長ドライバーをつくる。いわば平時の変革である。問題は、平時の変革は、戦時の変革と違い危機感が醸成されない。従って、社員の意識や行動を変えていくことが、はるかに難しいということだ。
カインズでは、サクセスストーリーを語った。「成功すれば、こんないいことがある」というビジョンや希望を語るものだ。この時に重要なのは、理想やビジョンを語るだけでなく、早い段階でサクセスストーリーを実感してもらうことだ。
カインズでは、デジタル戦略を変革のキンクにしようと考えた。3年間で100億円超の投資予算を設定し、エンジニアなどデジタル人材の採用を100人規模で進めた。最初の変化は「Find in CAINZ」という1つの小さなサービス機能の開発だった。商品を検索すると、店舗のどこに陳列されているのか表示されるシンプルな機能である。その結果、お客様から商品の場所や在庫について問い合わせを受ける時間は、約40%削減された。これによって、デジタル化によって顧客体験が向上するというメリットをメンバーが体感し、一気にデジタル活用は現場に浸透していった。
いい経営者は「いい経営」ができるのか
変革とは、一時的な「変化」ではなく、それが持続することである。変化を持続することが「いい経営」である。
「いい経営」を実現した経営者は、大きな自己矛盾に直面する。それは自身のリーダーシップが、変化の持続を妨げるボトルネックになるという自己矛盾である。変革を実現するには、トップの強いリーダーシップが欠かせない。そして、いい経営者が結果を出すほど、組織は思考停止に直面する。
この時、大事なのは変革の主役を、自分で考え意思決定できる「自律したリーダー」へスイッチしていくことだ。1人の経営者から、自律したリーダーたちへ変革のバトンが渡される。こうして、最初のキンクによって起きた変化が、拡大しスピードを上げながら持続していく。
自律したリーダーを生むためには、育てないこと。人は誰しも育つ力を持っていると信じて、1人1人の自律性が出やすくなる場をつくればいい。つまり、「いい経営」をするためには人が育つ環境を整えることが前提条件となる。