動物行動学とは
動物の行動を研究する動物行動学は、動物のやることすべてを対象とする。よって「何もしないをする行動」も研究対象である。実際、「ただ寝ているだけ」の動物の睡眠も立派な研究対象だ。
例えば、アマツバメは夜間、空中を飛び続けることがある。さらに渡りの間は全く地面に降りず、昼も夜も空中にいる。アマツバメは数秒間羽ばたきを止め、スーッと滑空しながら高度を下げては、また羽ばたいて上昇する飛び方を繰り返していることがある。この「滑空している数秒間」が、睡眠だと考えられている。彼らは数秒ずつ細切れに眠っているのだ。渡りでもない時にまで、飛びながら眠るのは、睡眠中に捕食されるのことを避けるためだ。
カツオやマグロのような回遊魚も泳ぎながら眠っている。水族館の回遊水槽で夜間に見られるが、泳ぎながらフラフラと横向きや仰向けになってしまう。但し、ほんの数秒でまた正しい姿勢に戻るので、彼らも数秒ずつの細切れの睡眠を取っているようだ。
一方、ネコは1日に14時間寝ている。狩りをする捕食動物はたくさんいる上、外敵に襲われる危険はもっと小型で攻撃力の低い動物の方がよほど多い。一体何のために長時間寝るのか。人間においては脳を休息させる他、様々な記憶を整理している時間だともいわれているが、そもそも、動物の眠りの機能というのが未だにわかっていない。
この行動は一体なぜかを考える
動物の行動を科学すると言っても、漠然と「行動」ではマトが絞りにくい。そこで、動物行動学の始祖の1人であるニコ・ティンバーゲンが唱えた「動物行動学の4つのなぜ」という観点から動物のありとあらゆる行動に対して「この行動は一体なぜ?」と考える。
①その行動の至近要因は何か:その個体にその行動を起こさせるメカニズムは何か
②その行動の究極要因は何か:その行動にどんな利益があるのか
③その行動の発生学的な由来は何か:その行動は生まれた時からあるのか、途中でそういう行動を取るようになるのか
④その行動の進化的な由来は何か:進化的な系統の中で、その行動がいつから発現しているのか
①と②は行動のメカニズムと目的と言い換えてもいい。③と④はタイムスケールの違いとも言えるが、個体と集団の違いというのが正しい。あるいは、究極要因は、進化の原動力であると考えれば、②と④はどちらも進化に関わる見方だと言うことも可能だ。
「なぜ動物はこういうことをするのか」と言う時、その「なぜ」とは具体的に何か、と意識しておくのが大事である。
より多くの子孫を残せる理由から考える
動物行動学において「なぜ」の基本は適応主義である。その行動や形質が適応的である、つまり「より多く子孫を残せる」ものであったからこそ、進化したのだと考える。
キリンの首はなぜ長いのか。古典的な説明は「高いところにある葉っぱを食べるため」というものだ。確かにそれは間違ってはいない。首が長くなるということは、確実にコストがかかる。首を伸ばす栄養、脳まで血流を押し上げるための強化された心臓、それでも血管が切れないための仕組み等が必要になる。それだけのコストに耐えて数を増やしてきたなら、首が長いことに何か有利な点があったと考えざるを得ない。
近年言われているのはネック・スパーリングという仮説だ。キリンのオスはお互いの首を巻き付けるようにして力比べをし、勝った方がメスを獲得する。つまり、この「首相撲」に勝てないと繁殖成績が悪くなる。そのために首を伸ばしていったという説である。
だが、そうするとメスまで首が長くなっているのはなぜかという疑問が生じる。この命題にはまだ答えが出ていないが、2024年になって複合的な説が出てきた。オーストラリアの生物学者、ダグラス・カヴェナーの研究によると、従来見逃されていた点があるという。それは「確かにオスの方が首が長い。だが、そもそもオスは体が大きいので、絶対的な長さで勝っているのは当たり前。体に対する比率として首が長いのはメスの方だ」という事実だ。
キリンのメスは出産のためにたくさん食べる必要があり、栄養価の高い葉を食べるため、木の奥まで首を突っ込んで食べる傾向がある、採餌可能な範囲を広げるには、首を長くしなくてはならない。そのため、体が小さい割には首が長いのである。そして、オスはネック・スパーリングのために首が強くなくてはならない。
オスメス共に餌をめぐる利点があり、さらにオスにはオスの、メスにはメスの事情があって、キリンの首は長いというのが、カヴェナーの意見である。