頓挫したUSJの沖縄新パーク計画
CEOが伝えてきたのは、社内外を挙げて推進してきた沖縄新パーク計画を「一旦、凍結せよ」という命令だった。理由は、USJが準備してきたIPOを取り止め、米国ユニバーサル社(UPR)に会社を売却することが株主の意向だからだという。2001年に株主として大阪市と一緒にUSJを大阪にオープンし、僅か数年で破綻させてさっさと米国に帰ったUPRがUSJを買い戻しにきたのだ。
USJがIPOを選択するなら、大阪だけの1拠点ビジネスのリスクから脱却できる沖縄計画は企業価値を大いに高める。しかし、既に世界の複数拠点でパークを展開するUPRにとっては、沖縄の新パークはリスクだけが際立って大きい。つまり、沖縄計画の存在は株主が望むUPRとの取引の邪魔になるのだ。
沖縄のパークには、ユニバーサルの看板など最初から使うつもりはなかった。オールジャンルの素晴らしいコンテンツIPを集めてプロトタイプのパークを企画し、ディズニーやユニバーサルが持たない最新鋭のマーケティング能力で成功させ、アジアの有望拠点に彼らよりも早く展開する計画だった。2011年から第二パークの検討に着手し、ようやく沖縄計画は実現可能になって、国と県、USJの3者で合意する直前だった。
沖縄のポテンシャル
沖縄が伸びるのは、アジアの大都市群に近い「奇跡のロケーション」にあるからだ。増加し続けるアジアの富裕層が集まる多くの大都市群の中心に位置する。旅行の絶好距離である「移動距離3時間圏内」に、沖縄は3億人の巨大商圏を有する。「移動距離4時間圏内」に至っては、20億人もの商圏人口を抱える。
沖縄への年間旅行者数は、2011年度には40年間で10倍の550万人になっていた。その伸びは、沖縄に行ける日本やアジアの富裕層の増加に比例している単純構造にあり、10年以内にハワイと並んで年間入島者数900万人に到達する未来を予測した。
地理的優位性だけではなく、南国リゾート需要に欠かせない大自然や、沖縄の人々、独自の言葉、音楽、食文化といった観光資源があり、一大リゾート地となる条件が揃っている。ハワイと比較した時、沖縄に足りないものは「ブランド力」であり、その核心は「コンテンツの量と質」だ。
沖縄計画への再挑戦
USJを辞すると決めた時、「日本にマーケティングをもっと普及させること」に取り組みたいと思っていた。そして「ゼロから始めて沖縄にテーマパークを創って成功させる」という方法を1年間ずっと考えていた。その勝ち筋を三段階で整理すると、以下のようになる。
- 最初に「森岡」の知名度を活用してマーケティング支援会社を起業する
- マーケティング支援事業で立てた売上で、人を雇い、必要な組織を構築する
- 顕著な実績を世に示して信用を築き、その信用をテコに沖縄や他の実事業の資金調達をする
沖縄の資金を集めながら、それに必要な多くの人材を養うための食い扶持を同時に稼ぎ続けなければならない。そもそも論として、大資本でもない個人が大型テーマパークを新設できたという話は聞いたことがない。知恵を絞っても、最低でも700億円はかかる。
2016年12月、USJを退職し、資本金300万円の小さな会社「株式会社刀」を設立した。そこからUSJを卒業したメンバーが、バラバラと合流していった。
大切なのは結果ではない
刀は、マーケティング支援で実績を出すことで、投資家に見初められる必要がある。しかし、始めてから半年近くになるのに、結局1件も契約は取れなかった。逆境で必要なのは「楽観」ではなく「胆力」である。気休めが現実を好転させることはない。逆境であるほどチームの能力を正常に機能させなければならない。問うべきは成否そのものではなく、今からできることをやってその成否の確率を操作することだ。
刀のマーケティング支援の価値を必要としてくれそうな企業を洗い出し、優先順位をつけてドアノックを始めた。そして、ようやく某エンタメ企業と西武園ゆうえんちの2つのプロジェクトを契約できた。一番の分かれ道となったのは、「戦略提案」や「需要予測」などの部分売りという退路を立って、フル契約というマグロ漁師一本に集中したことだった。マグロ契約を獲得するためにどうしても必要だった「刀の唯一無二の価値の伝え方」を土壇場で磨き上げたことだ。
刀は最終的に700億円の資金調達を達成し、沖縄北部を舞台とするテーマパーク『JUNGLIA』を2025年7月に開業した。
成功できるかどうかは、神のみぞ知る領域だ。成功の保証がないと一歩を踏み出せない人間は、人生において、真の挑戦など何一つなり遂げることはできない。大切なのは、成功するか失敗するかという結果ではない。己が信じる目的の正しさと、そこへ向かって躊躇なく一切の力を出し切る悔いのない勇気こそが、魂を燃やす原動力となるのだ。