「ニセコ化」とは
ニセコには、大量の外国人観光客が押し寄せている。2023年の外国人観光客数は約160万人で、前年度より150%アップ。ニセコ観光圏の町の人口が2万人程度であるため、地元住民の数十倍の観光客が押し寄せていることになる。
外国人観光客は数が多いだけではない。1泊170万円のホテル、牛丼2000円など、高額な価格設定や英語だらけの看板など、ニセコは「日本であって日本ではない」のである。
こうした「ニセコ化」が、ニッポンのあらゆる場所で進んでいる。ニセコ化とは「選択と集中」によってその場所が「テーマパーク」のようになっていく現象である。ニセコ化は、次の2つのことによって成り立つ。
①選択と集中
ニセコには、2000年代半ばぐらいから、海外資本のホテルが徐々に建ち始め、彼らが意識的に行ったのが選択と集中だ。ニセコのターゲットは明確に「富裕層の外国人観光客」である。ニセコ観光圏の物価は、そこに来る人を選択している。ニセコでは、選択されてやって来た富裕層が満足できるように、彼らに深く刺さるサービスを集中的に行うのである。
②テーマパーク化
選択と集中の結果、ニセコはテーマパークのようになっていった。日常と切り離された「別世界」が作られている場所を「テーマパーク」とするなら、日本であって日本ではないニセコはまさにテーマパークの風景である。
ニセコは今のところ、観光地としては大きな成功を収めている。それは「ニセコ化」が時代の流れと合致する部分が大きいからだろう。その流れとは次の2つである。
- 観光における「量から質への転換」
- テーマパーク的開発の一般化
こうした流れは、ニセコ以外の観光地や身近な商業施設においても進行している。
「ニセコ化」する都市
ニセコが顕著に行う「選択と集中によるテーマパーク化」は、日本全体で起こり始めている現象だが、批判的な意見も多い。「日本人は相手にされていない」などといった論調で、日本の国力の衰退を嘆く声も多い。
実際に、ニセコにおける「選択と集中」は進めば進むほど、そこから排除される人々が出てくる。来てほしくない客層に見合わない値段を付けたり、そうした客層にはそぐわない空間を作ることによって、自然にそこにあるタイプの人々が集まるようにする。静かな排除が進んでいるのだ。
「ニセコ化」は日本のあらゆる場所に広がっている。
- 豊洲 千客万来
- 東急歌舞伎町タワー
- 大阪 黒門市場
こうした最近のインバウンド向け「ニッポン・テーマパーク」は、そこで売られている商品やサービスの「高額な」値段が必ずセットで報じられる。インバウンド観光客に向けて選択された値段設定、そして彼らが楽しめるような空間作りに集中した結果が、千客万来や東急歌舞伎町タワーであり、「ニセコ化」がわかりやすく発生している事例と言える。
「ニセコ化」による変貌を街レベルで遂げつつあるのが渋谷である。2023年度、渋谷はインバウンド観光客の訪問率が1位となった。外国人観光客全体の67.1%が渋谷を訪れている。
これまで渋谷は「若者の街」というイメージで語られてきた。しかし現在、渋谷は大規模な再開発が進んでおり、「泊まる」イメージのなかったところに高級ホテルが建設され、インバウンド観光客を取り入れている。再開発に伴って生まれた建築物はどれも、ブランド・ショップなどが入居し、非常に高級路線の施設が多い。
「ニセコ化」の問題点
「ニセコ化」の問題点は、次の2つである。
①1つの「選択」に「集中」するため、時代の変化によって受ける影響が大きい
ある空間において選択されたものが、時代状況の変化によって機能しなくなった時、その打撃は大きい。「選択と集中」がリスキーである点は、観光地でも同様である。
②「選択」には常に「排除」が伴う
「選択と集中」においては、何かしらの「排除」が起こる。ニセコでも外国人富裕層に選択と集中することで、「日本人排除」が進んでいる。選択されない人がその空間にいると、場違いな感じがして、居心地の悪さを感じてしまう。
居心地が悪ければそこに行かなければいいが、問題はニセコ化が「公共空間」にまで侵食していることだ。ニセコなどのある街においてこの「排除」が発生する場合は、このパターンに当てはまる。例えば、ニセコに住んでいた人が、後からインバウンド観光客の増加に嫌気がさしたからといって、すぐに転居するのは難しい。
実際に、街に限らずニセコ化は様々な公共空間に広がっている。公園や図書館などの空間運営では、事業の一部を民間企業が肩代わりする例も増えている。そこでは、どの程度まで公共性を担保できるのかを考える必要がある。