行列のできる焼肉屋
焼肉屋『スタミナ苑』は、「陸の孤島」とも揶揄される足立区鹿浜という辺鄙な場所にある。最寄駅から歩けば30分以上はかかる。それでも、都内、地方、外国からも、お客はわざわざ足を運ぶ。平日は17時に開店だが、予約をとらないため、その2時間前には店前には行列ができる。早い日には3時間以上前から行列が始まることもある。客の目当ては、カルビ、ロースといった特上の肉、そして丹精込めて仕込んだ内臓の数々、つまりホルモンだ。
レバーにセンマイ、ミノ、ギアラなど、今では人気メニューとなったホルモンだが、かつて牛の内臓など口にするものではなかった。こんなにうまいものがあるのに、広く知られていない。これはスタミナ苑の武器になると直感し、試行錯誤を重ねた。徹底的に仕込みに時間をかけた。そして、ホルモンは爆発的な人気になった。
なぜ予約を取らないのか
スタミナ苑は元々肉屋が本業で、その後、おふくろがこの焼肉屋を切り盛りしていた。長男が肉屋を継ぎ、次男が焼肉屋を継いだ。その次男とコンビを組み、肉を切り続けて45年近くになる。オープンのきっかけは、叔父から「これからは焼肉屋がいいらしいぞ」と勧められたのがきっかけだったようだ。
店は予約を取らない。有名なタレントでも政治家でも、誰が来ても並んでもらう。なぜ予約を取らないのか。それは若い頃、連れていってもらった人気のフグ料理店『三浦屋』という店が絶対に予約を取らない店だったからだ。女将に聞けば「お客なんて予約したって時間通りに来ないし、大体1人か2人が遅れてくるから全員が時間通りに揃わない。予約のためにその席を遊ばせておくなんて勿体無い。その間に一回転してしまう」ということだった。その言葉が脳にこびりついて、人気店になっても絶対に予約を取らないと誓った。
お店が知られるようになったのは80年代最後、ちょうどバブルの少し前。放送作家の秋元康さんや作家の林真理子さんをはじめ、タレントや文化人が食べに来るようになった。
ホルモンを深夜に仕込む
昔からホルモンは好きだった。小さい頃から食べていて、世の中で一番うまい食べ物はホルモンだと今でも思っている。スタミナ苑から車で10分もかからないところに、父親が働いていた食肉処理場があった。内臓がテーブルに並んでいて、おろしたてのレバーはまだビクビク動いて、湯気が立っていた。昔は新鮮な肉と内臓が簡単に手に入り、それを店に持ち帰ってさばいてすぐに提供していた。狂牛病以降は脳髄の検査があるから、内臓は問屋を通さないと絶対に手に入らない仕組みになった。
実は牛の内臓は、正肉の供給量に左右されて供給量が決まっているから、なかなか手に入らない。付き合いのない新参者が欲しいと言ってもまず分けてもらえない。問屋の仕事はいいものを用意すること。自分の仕事はいいホルモンをお客に提供すること。そのためには長い年月をかけて築いた信頼関係が生きる。
以前はホルモンをしめたその日に届けてくれたけど、今は狂牛病の検査があるから、翌日じゃないと届かない。夕方の5時に内臓が来る。その日の内に仕込みをしないと、翌日の営業で新鮮な内臓をお客に提供できない。だから深夜に仕込みをする。
レバーを買う時は丸々一頭分買う。なぜなら、一頭分のレバーの中には良い部分と悪い部分が必ずあるから。部分買いして、悪いところを押し付けられたら嫌だから。そして、毎日毎日1頭分を売ってしまう。
スタミナ苑が偉いんじゃない。肉がうまいんだ。でも、仕込みをしながら、こんなに丁寧に仕事をしたホルモンやカルビ、ロースはうまいだろうなと思っている。