資源と経済の世界地図

発刊
2024年7月24日
ページ数
272ページ
読了目安
286分
推薦ポイント 2P
Amazonで購入する

Amazonで購入する

推薦者

国際情勢についての理解が深まる本
グローバル経済によって、価値観や考え方の異なる国々が経済的に相互依存関係にある中で、いかに自国の権益を守るかという「経済安全保障」が国際政治の重要なテーマになっている。
原油などの資源、穀物、戦略物資となっている半導体などをめぐり、世界中でどのような経済戦争が行われているのかがわかりやすく解説されています。

ロシアによるウクライナ侵攻、米中の対立、イランとイスラエルの争いなど、国際情勢の背景を理解することができ、ニュースの理解度が高まります。

武器を使わない戦争

国際情勢や地政学的要素を経済から捉え直す視点を「地経学」と呼ぶ。米ソ冷戦後、中国が経済的・軍事的に台頭し、国際政治において軍事的要素と併せて経済的要素が重視されるようになってきた。また、国連などでの経済制裁という手段が軍事的な制裁に代わる手段として用いられることも主流になり、これまでとは違って、経済と政治を切り分けない考え方が求められるようになった。

 

国際政治学において、外交・軍事・安全保障の問題と経済の問題は、戦後長らく「ハイ・ポリティクス」と「ロー・ポリティクス」に分断されていたが、この対立と相互依存が同時に成立するという矛盾の中で生まれてきたのがES(エコノミック・ステイトクラフト)である。ESは、経済的手段を用いて、国家の外交的・戦略的な目的を達することである。

 

では、相手国が政治的な意思を通すために経済的手段を行使するESに対し、どう備え、どう対抗するか。これが経済安全保障の考え方である。かつては、石油ショックのように、原油こそ国際環境が日本の経済活動に影響を及ぼす最大の要因だった。しかし、エネルギー事情が日本にとって死活問題であることに変わりはないものの、情勢は大きく変化している。21世紀に入ってアメリカが自国でエネルギーを産出できるようになり、中東への介入の動機が薄くなりつつある。そこへ中国が割って入ろうという姿勢も見えている一方、世界第1位のサウジアラビアでさえ、脱石油依存経済改革に乗り出している。

また、2000年代初頭から、「データは21世紀の石油」と言われるようになった。ビジネスだけでなく軍事・安全保障のシステム向上にも資する質のいいデータは価値がある。さらに膨大なデータを分析・処理するには、演算能力の高い半導体が欠かせない。現在は、石油などの資源だけでなく、リスクが多元化しており、より大きな視点から国際秩序の変化を捉える必要が出てきている。

 

相互依存の罠

経済制裁は、自国の経済にも大きな損害を与える。ロシアのウクライナ侵攻の意図を断念させるために発動しているはずの経済制裁によって、西側諸国は原油高や物価高といった犠牲を払っている。そこには「相互依存の罠」がある。

 

西側諸国は、中国やロシアもいずれ民主化し、法の支配を尊重し、人権を擁護する政治体制になっていくことを想定し、自由貿易体制に中ロを組み込んでいった。しかし、中ロといった国家主義国は、グローバルな市場経済に統合されつつも、権威主義的な政治体制を維持することができると認識するようになった。そこで、西側諸国は「政経分離」という手法を取らざるを得なくなった。

政経分離によって政治と経済を切り離し、価値や規範が異なる国々との経済の相互依存を深めたことは、「政経融合」をせざるを得ない状態になった時に、大量の返り血を浴びることとなった。つまり、経済制裁の効果が相当程度、制限されることを覚悟の上で、自らの痛みを最小にしながら、制裁を実施する方法を模索しなければならない状況に陥った。

 

西側諸国はロシアの原油や天然ガスへの依存が続いており、ロシアに対して経済制裁をかけながらも、ロシアから原油や天然ガスを調達し、その代金を支払っている。またロシアの原油や天然ガス、穀物や鉱物に依存しているのは西側諸国だけでなく、中東やアフリカ諸国などもロシアに強く依存している。

 

ロシアのウクライナ侵攻で明らかになったのは、価値や規範が異なる、敵対的な国家との間で相互依存関係ができるとしても、戦略的に重要な物資や技術に関しては、それらの国に依存してはならない、という教訓である。

 

半導体による経済安全保障

半導体は、その性能が一国の安全保障能力すら左右しかねない戦略物資である。半導体は、あらゆる電子機器に搭載される、ありふれた部品だが、その半導体がなければ電子レンジや炊飯器も動かない。この半導体が現代の国際政治においては極めて重要な存在になっている。半導体の中でも最も重視されるのがロジック半導体である。ロジック半導体の性能により、例えば弾道ミサイルの軌道計算や戦場における最適な兵器の選択、兵站部門における物資の調整など複雑な計算を必要とする軍事行動において、違いを生み出すことができるようになる。

 

日本はパワー半導体やアナログ半導体、マイコンと呼ばれる半導体チップなどではまだ国際的な競争力を持っている。さらに先端半導体を製造するための装置では十分に国際競争力を持ち、材料の分野でも一部圧倒的なシェアを持っている。半導体は国際分業が成熟し、どの国も一国で半導体の製造過程をすべてカバーすることはできない。

重要なのは、日本が信頼できる取引先との関係を強化して、グローバルなサプライチェーンの中で重要な役割を果たすことである。そうすることで、他国からの経済的威圧を抑止することができる。

参考文献・紹介書籍