現状の手法では人工知能はできない
「ロボットは東大に入れるか」と名付けた人工知能プロジェクト「東ロボくん」は、2016年に受験したセンター模試で偏差値57.1まで上昇した。これはAIがMARCHや関関同立の合格圏内に入ったことを意味する。けれども、偏差値65を超えるのは不可能である。現状のAIの能力には超えられない様々な壁があり、今、盛んに研究されている「ディープラーニング」などの統計的手法の延長では人工知能は実現できない。
現状のAIは意味を理解しているわけではない。AIは入力に応じて「計算」し、答えを出力しているに過ぎない。コンピューターは計算機である。だから、できることは基本的には四則演算だけである。これはAIには数式に翻訳できないことは処理できないことを意味する。AIの研究者は、世の中のあらゆることを、例えば画像処理をするための方法、質問に応答する方法を、英語を日本語に翻訳する方法を数式で表そうとしている。けれども、数学には表現できることが限られており、人間の認識や事象の大半を数式に翻訳するのは、原理的に不可能である。
AIは意味を理解しない
長い歴史を通して、数学は、人間の認識や、人間が認識している事象を説明する手段として、論理と確率、統計という言葉を獲得してきた。一方、世界には論理だけでは説明できない事象がある。ランダムな要素が加わるからである。それを表現するのは確率である。論理には確率を加えてもまだ表現できないことがある。論理のように確実に起こるのでも、サイコロのようにランダムに起こるのでもない事柄である。その時に力を発揮するのが統計である。特に、論理と確率で扱うことが難しいのが、人間の意志である。そこで、次善の策として、観測可能な情報と過去のデータからそこに潜む規則性をなんとか見出そうとするのが統計である。未来の予測に役立てるのである。
数学は4000年の時間をかけて、論理、確率、統計という表現手段を獲得した。反対の言い方をすると、数学が説明できるのは、論理的に言えることと、確率・統計で表現できることだけである。次世代スパコンや量子コンピューターが開発されようとも、コンピューターが使えるのは、この3つの言葉だけである。数学が発見した、論理、確率、統計に決定的に欠けているのは「意味」を記述する方法がないことである。私たちの知能の営みは、全て論理と確率、統計に置き換えることはできない。これが、今のAIの延長では偏差値65の壁を超えられない理由である。
AIにできない仕事ができる人間がいない
AIの弱点は、万個教えられてようやく一を学ぶこと、応用が利かないこと、柔軟性がないこと、決められたフレームの中でしか計算処理ができないことなどである。つまり、AIには意味がわからない。よって、その反対の一を聞いて十を知る能力や応用力、柔軟性、フレームに囚われない発想力などを備えていれば、AI恐れるに足らずである。
では、現代社会に生きる多くの人は、AIに肩代わりできない種類の仕事を不足なく、うまくやっていけるだけの読解力や常識、柔軟性、発想力を備えているのか。残念ながら、多くの人が成人するまでの教科書を正確に理解する読解力を獲得していない。読解力を身につけない限り、そこから先の成績は伸びない。
東ロボくんのチャレンジが明らかにしたことは、AIはすでにMARCHの合格圏内の実力を身につけたことである。その序列は大学進学希望者の上位20%である。つまり、AIによって仕事を失った人の内、人間にしかできないタイプの知的労働に従事する能力を備えている人は、全体の20%に満たない可能性がある。
企業は人不足で頭を抱えているのに、社会には失業者が溢れている、というのが未来予想図である。