白物家電市場の黎明期
1980年代初頭の中国では、最新の家電製品はほとんど存在せず、語るほどの白物家電産業というものもなかった。工場は各地に点在し、基本的には地方にあって時代遅れで、地方政府内に置かれた軽工業部門が所有・監督していた。その上、当時は白物家電に対する有効需要がほとんどなかった。製品は品薄で高価、しかも大抵は低品質。当時は国有企業が中国市場を支配していて、外国製の白物家電の販売など考えられなかった
この頃は、どれだけ状態が悪くても製品は必ず売れる時代だった。品薄が当り前の状況では、製品の価格やデザイン、機能はどれもほとんど差がなかった。
この頃に登場した家電メーカーの1つが、比較的小さな共同所有の冷蔵庫メーカー、青島冷蔵庫だった。1984年、この工場は張瑞敏という若い役人の指揮下に置かれた。この人物は、ドイツのリープヘルから生産ラインを買い取る事に成功した。張が青島冷蔵庫のために描いた最初のビジネスモデルは、製品の品質の高さを基盤に強力で価値のあるブランドを構築すれば、差別化が図れるはずだというものだった。
高い品質でブランドを構築する
1985年のある日、不満を抱えた客が不良品の冷蔵庫を工場に持ち込んで張に見せた。張とその客は一緒に400台ある在庫をすべてチェックして、代わりの製品を探した。その過程で、張は在庫商品の20%が受け入れ難いレベルの品質である事に気付いた。そこで、張は76人の従業員に、76台の低品質な冷蔵庫を表の通りへ運び出させ、公衆の面前で巨大なハンマーを使って粉々に破壊させた。新品の価格で売る事ができた製品をだ。
この出来事により、中国のほぼすべての消費者の頭の中で、ハイアールというブランドと品質が強く結び付けられた。張は早くから品質とブランドの重要性、その2つの関係性に気付いていた。
徹底した管理プロセスを導入する
張は高品質が新たなビジネスモデルの核となると信じていた。それを実現するには、従業員一人一人に責任がある事をわからせなければならない。新たな企業文化の実現に向けたルールを明確に策定し、規律を教え込むために、違反者には処罰を与えた。
張は1989年に「OEC(その日の仕事をその日に終え、その日の内に実績や不足分を確認し、翌日の目標を設定する)プロセス」を全社レベルで取り入れた。業務に求められる要件をすべて文書化し、従業員の実績やそれに基づく給与規準を設定し、それら要件に照らして評価した。
OECは高い品質を促進するための効果的なツールだった。これにより青島冷蔵庫の経営の精度、管理プロセス、インセンティブ制度、従業員の働きぶりなどが向上していった。また、独特の企業文化の構築にもプラスに働き、優秀な従業員を報い、縁故主義やえこひいきを排除する文化が醸成されていった。
自己管理という考え方は、OECスコアを下げる要因の改善を作業員に奨励するところから始まり、ハイアールが進化する中でも連綿と続いてきた。現在でも、より早く、より良く、より競争力のある組織をつくろうと努力する過程でこの考え方がすべての中核にある。
顧客との距離をゼロにする
新しいビジネスモデルと企業文化によって業績を伸ばした青島冷蔵庫に、地方や国家レベルの政府関係者たちは感心した。そして、他の赤字企業の救済者として張瑞敏に目をつけた。中国では、地方政府と良好な関係を維持する事が企業にとっては重要になる。青島冷蔵庫は要望に応える形で冷蔵庫やエアコン、洗濯機、アイロン、テレビなどを製造する会社を次々に吸収合併した。それら企業に対し、品質管理の改善を指導した。
張は、外国企業との競争時代の到来に直面して、成功するためには、ハイアールが単なるメーカーから顧客中心主義の企業になる必要があると確信していた。これを実現するため、すべてのユニット、業務、従業員が市場連鎖で直接顧客とつながる事ができる組織を築いた。
世界のトップ企業の多くに共通する特徴
ハイアールを含む世界のトップ企業の多くに2つの特徴が共通しているのは偶然ではない。1つ目は、顧客を喜ばせるような価値提案を生み出し、非常に高い利益をもたらすビジネスモデルと組み合わせていること。2つ目は、絶え間なく改革を続け、価値提案を実行に移す能力を持っている事だ。「普通」の企業と「最高」の企業をはっきりと区別するのが、この2つ目の特徴だ。
これらの企業は「最高」の成果を上げるために、既存の成功モデルを着実に実践し、改善するかたわら、大胆でクリエイティブな未来のビジネスモデルを試せるような、新しい組織の形も模索している。常に改革し続ける事こそが、ハイアールの組織文化だ。
ハイアールは、3つのスキルについて興味深い洞察を与えてくれる。未来のトップ企業と他の企業との違いは、この3つのスキルをマスターできているかどうかにある。
①顧客が本当に求めている素晴らしい価値の提案を考え、構築できる能力
ハイアールはとことんまで顧客を理解できるようにするため、組織を徹底的に再編し続けた。そして、その知識に基づいて行動できるように意思決定の権限を分散させた。
②優れたビジネスモデルを構築する力
ハイアールはビジネスモデルを作り直し、リソースや戦略を調整して、より品質の高い商品を生産した。そうやって高い品質を印象づけるブランド力を身につけ、その過程で採算性も上げていった。
③成功を収めながらも組織を作り直し、しかもそれを何度も繰り返せる能力
ビジネスモデルには必ず賞味期限がある。ハイアールは組織革新を継続的に行う企業風土によって、未来の困難にも立ち向かう備えができている。