宗教の起源 私たちにはなぜ〈神〉が必要だったのか

発刊
2023年10月3日
ページ数
352ページ
読了目安
514分
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宗教とは何か
人間が安定的な社会関係を維持できるとされる人数の認知的な上限「ダンバー数」の研究で知られる進化心理学者が、宗教の起源について解説している一冊。

人間の認知の仕組み、集団における心理をもとに、宗教というものがなぜ成立したのかを、様々な研究をもとに解き明かしています。今もなお、人類にとって大きな問題の1つである宗教の本質的なことが理解できます。

ヒトの自然な共同体の大きさは150人

人類は長い進化の歴史のほとんどを、小規模社会で過ごしきた。今なお存在する狩猟採集部族のような小さな社会だ。こうした社会では、5〜10家族が(男女と子供合計30〜50人)が移動する小さなバンドをつくり、それがいくつか集まって、一定の土地を支配する共同体になる。

集団はどれも構成員が血縁関係にある。共同体も拡大家族であることが条件であろう。部族も親族関係の拡大集団だが、規模は格段に大きい。全員と知り合いになることは不可能なので、代わりに目印が必要になる。その1つが言語だ。

こうした階層構造を成す社会集団の規模は、文化に関係なくほぼ同一であることがわかっている。共同体もしくは氏族は平均を取るとほぼ150人。3つの共同体で構成されるメガバンドは約500人、部族は約1500人で成り立つ。つまり、産業革命が起こるまで、世界のほぼすべてで共同体は大きさは決まっており、それは長きにわたり驚くほど一定していた。

 

なぜ神が必要だったのか

先史時代の祖先たちの暮らしは牧歌的で、たまの狩猟で気晴らしをしていたというイメージからは程遠い。世界のすべての大陸では、少なくとも7万年前から人の移動が盛んだった。時代が進むにつれて、それが部族間の摩擦を生み出す。襲撃から身を守ることはずっと昔から極めて切実な問題であり、集落での生活が最大の防御だった。

ただ問題は、規模に関係なく、集団生活をするとストレスがたまる。狩猟採集社会では、暴力による死亡の割合は集団が大きくなるにつれて直線的に増加する。この規模で生じる人口圧力は、どんな集団も完全に回避することはできない。

 

定住化では、共同体や部族全体が1ヶ所に集中することになるので、恒久的な村や町での生活ではこうした問題がさらに悪化する。数百人規模の村で暮らす農耕民は、狩猟採集民よりもはるかに高い殺人発生率にさらされる。その原因の多くは共同体内部でのいさかいだ。

人間がより大きな集落で暮らしていくには、その規模の拡大に合わせてストレスや集団内の暴力を減らす方法を見つけていくことが必須だった。そこで大きな集落をつくる部族社会は、分裂を食い止めるために多様な戦略を実行した。例えば踊りや宴会など、共同体の結束を維持する活動をより頻繁に行う。結婚に際して男性側が出す婚資など、婚礼に関する正式な取り決めを増やす。民主的な社会から、正式な指導者を擁する男性優位の階層構造に切り替える。そして、より明確な儀礼と正式な礼拝所、専門職を擁する教義宗教への移行である。

 

儀式の場所、宗教的な考えを表わす象徴、聖職者階級、神々の存在、倫理規範といった狩猟採集社会には見られないこれらの要素は、新石器時代が進むと共に都市型環境の中で急速に現れ始める。

教義宗教を構成する各要素が最初に現れた年代を特定するのは難しい。紀元前2000年頃のシュメール、同時期のエジプト古王国には、聖職者階級が存在していたことがわかっている。小さな社会から大規模社会へと拡大するにつれて生じるストレスに対処する手段として、宗教は自然と形式が整っていったと考えられる。

 

巨大国家を実現するための手段

高みから道徳を説く神は、いつ、どんな理由で出現したのか。研究でわかったのは、人口規模や階層構造、司法構造、暦、文字など社会構造の複雑さが頂点に達してから約300年後に、高みから道徳を説く神が出現する例が多いことだ。その分かれ目が人口100万人前後であることをデータが物語っている。超自然的な懲罰(神々をなだめる儀礼)は、社会の階層化が始まる前兆であり、高みから道徳を説く神は階層化の後に出現する。

つまり、高みの神は都市国家というより帝国と結びついており、かなり大規模な社会政治的なストレスに対応するためのものだった可能性がある。

 

今日の世界を支配している一握りの主要宗教は、いずれも中国の黄河と長江流域、インド北部のガンジス川流域、地中海東岸に端を発している。地理的に離れているにもかかわらず、どれも紀元前一千年紀のいわゆる枢軸時代に出現した。これは、社会と政治が急速に複雑さを増し、人口が100万人規模に増大して、それに伴う集団生活のストレスの増加に対処するのが難しくなっていったことが関係している。

 

顔を突き合わせて生活するストレスは、生殖能力の低下を引き起こす。それがすべての霊長類と人類の社会の進化における、一連のガラスの天井になった。しかし、人類の祖先は、大きな社会集団を目指した。そのために必要だった新たな結束強化の手段が、歌や踊り、宴会であり、言語ができてからは宗教も加わった。

ただ、それではせいぜい100〜200人のまとまりのゆるい共同体しかつくれない。この壁を越えて共同体の規模を大きくするには、社会の構造化と、組織的で形式の確立した宗教の導入が不可欠だ。つまり教義宗教は、お互いが顔を突き合わせる小さな社会を脱却して、私たちが今暮らしているような巨大国家を実現する最終段階だったのである。