アテンションの時代
フォロワーがいれば何でもできる。フォロワーを抱えることは、人生における重要な資産になりつつある。
影響力の種「アテンション(注意・注目)」はSNSによって生まれた。「インスタ映え」「TikTok売れ」という言葉は、アテンションがもたらす原因と結果を表すものだ。アテンションが支配するSNSの世界では、従来のコミュニケーションで大事だった指標「リーチ」が意味をなさなくなってきている。
ネット広告という誰もが数百円からリーチを買える時代には、リーチがコモディティ化していく。一方で、アテンションはお金で買うことができない。だからこそ、心からの興味をかき立てるアテンションを引き出すことができれば、資源を持たない個人でも一発逆転が可能になる。
アテンションは、次の式で導かれる。
試行回数 × エンゲージメント = アテンション
エンゲージメントするコンテンツを何度も世に送り出すことができれば、それは必ずアテンションへと変わり、フォロワーを増やすことにつながっていく。フォローのパワーが弱いショート動画の世界では、試行回数を増やしてエンゲージメントを獲得することが、ファンコミュニティを作ることにつながっていく。
「動画2.0」から「動画3.0」へ
コロナショックを境に「動画2.0」の時代から、現在の「動画3.0」の時代へと、動画のフェーズは大きく移り変わった。
①バズからエンゲージメントへ
バズは単純に「1対N」の関係性である。1つのコンテンツに対して、大勢が同じタイミングで盛り上がり、やがて収束するのがバズだとすれば、エンゲージメントは「N対N」の形に発展していく。クリエイターとの結びつきが従来より強くなることで、コンテンツを見た視聴者も発信をして、その発信を他の誰かが見て、といったループが繰り返されていく。
TikTokではフォローのパワーが弱い。ユーザーはレコメンドエンジンによって「おすすめ」フィードに出てくる動画コンテンツを受動的に見るような使い方をしている。この「おすすめ」の重要な指標が「エンゲージメントレート(投稿に反応したユーザーの割合)」である。
②スタジオ撮影から自宅撮影へ
コロナ禍下において、ハイクオリティーな動画は無力だった。結局エモーションが伝わってきたのは、機材や環境が充実したスタジオで撮影した動画ではなく、クリエイターの自宅で撮られた動画だった。
③制作会社から個人クリエイターへ
クリエイティブが世の中に生まれて人々に届けられるまでには「調達(撮影やネタ)→加工(編集作業)→流通(場所)」という3つのフェーズがある。動画において大事なのは「調達」と「流通」であり、この点において個人クリエイターは強い。制作会社はあくまで「加工」を担うに過ぎない。
④ブランディングからセールスプロモーションへ
『日経TRENDY』の2021年ヒット商品1位に「TikTok売れ」が選ばれた。今後ユーザーが以前のように「検索」をしなくなっていくとしたら、誰もが動画視聴から直接購買につなげたいと考えるだろう。TikTokがセールスプロモーションに威力を発揮するのは、話題になると単なるバズではなく「現象」=「シュミラークル(真似して楽しむ)」となり、爆発的トレンドを生み出すからである。
⑤広告からコンテンツへ
シュラークルを生み出すPR動画は、従来の「広告」ではなく、ほぼ「コンテンツ」になっていくだろう。
⑥ナラティブからインタラクティブへ
TikTokの時代には、視聴者もまたクリエイターとなっている。そのため、ユーザーがナラティブであることが前提である上で、ユーザーが参加するインタラクティブな動画でなければ、質の高い「アテンション」が生まれない。
⑦消費的から生産的へ
コロナショック後、飛躍的に伸びたYouTubeのジャンルは、フィットネスと料理。ビジネス系YouTuberの躍進も著しかった。ただ単純にエンタメとして消費される動画から、プロダクティブな生活を送るための動画が求められるようになった。従来は雑誌や書籍が担っていたような「学び」の部分をヴィジュアルコンテンツで伝えられるクリエイターが増えている。
⑧中央集権型から分散型へ
TikTokになると、YouTubeよりもクリエイターの乱立が激しい。自分のお気に入りのクリエイターが、友達と全く違うというユーザーも多い。個人の趣味・嗜好がさらに細分化した結果である。
⑨オーソリティーからフレンドリーへ
元々、YouTubeは、芸能人のように近寄りがたい雰囲気よりも、友達のように語りかけるフレンドリーなアプローチが好まれる場所だ。ショート動画においては、その傾向が顕著になっている。
⑩クオリティーからクオンティティーへ
ショート動画では「友達のように毎日会うこと」が大事だから、YouTubeと比べると投稿頻度が非常に高くなる。ショート動画の時代は「質より量」が重要になってくるだろう。