思考によって思考から救われないことはあまりに多い
内省とは「自分自身の思考や感情へ積極的に注意を向けること」を意味する。これを行う能力のおかげで、私たちは想像し、思い出し、反省し、これらの想念を利用して問題を解決し、イノベーションを起こし、創造することができる。
意図的な内省は、賢明で有益な選択を導き、ひいては前向きな感情をもたらしてくれるはずだと思われた。しかし、近年研究によって、苦痛を感じている時に内省を実行しても有害無益であることが明らかになっている。それは、仕事のパフォーマンスを低下させ、適切な判断を下す能力を阻害し、人間関係に悪影響を及ぼす。
思考によって思考から救われないことはあまりに多い。それどころか、思考は油断ならないチャッター(頭の中のしゃべり声)を生み出している。チャッターを構成するのは「循環するネガティブな思考と感情」だ。こうした思考や感情は、内省という素晴らしい能力を祝福ではなく呪いに変えてしまう。
チャッターは思考を曇らせ、痛ましい感情で私たちの頭を一杯にし、やがては大切な健康や希望、人間関係を損なう。
「内なる声」には意味がある
人間は、内なる声を糧とする思考と記憶と空想の働きによって、内なる成果の活気を維持する力を発達させてきた。絶え間ない内なる会話のおかげで、頭の中に情報を保存し、自分の決定について考察し、感情をコントロールし、別の未来をシュミレートし、回想に耽り、目標までの道筋をたどり、自己認識を下支えする個人的物語を絶えず更新し続けることができる。
自分の心から完全には離れられないその性質が、人間の創意の主たる原動力となり、そのおかげで私たちは建造物を造り、物語を紡ぎ、未来を夢見る。
しかし、感情を上向かせる時だけ内なる声を評価するのは間違っている。自分自身との会話がネガティブな内容になる場合も、それ自体は悪いことではない。内なる声に傷つくこともあるかもしれないが、恐れ、不安、怒りなど、様々な形の苦しみを経験する力も、少量ずつ使えば役に立つ。そのような経験のおかげで、環境の変化にうまく対応できるようになる。
私たちが痛みを経験するのは、痛みは危険を警告し、対処するよう知らせてくれるからだ。そのプロセスが、生存にとって利点を与えてくれる。人間には内なる会話による痛みが時々必要なのだ。肝心なのは、ネガティブな精神状態を完全に避けることではない。その状態に押し潰されないことだ。
大事なことは、チャッターに翻弄される経験を減らす方法、内なる声をコントロールするのに必要な自分自身のツールボックスをつくることだ。
チャッターを制御するためのツール
ネガティブな思考の悪循環に陥るか、明晰で建設的な思考ができるかの瀬戸際にある人が葛藤を解消するためのツールの多くが、自分自身との会話をコントロールするための発想の転換に関わっている。
①距離を置いた自己対話を活用する
困難な状況を切り抜けたい時は、自分を指すのに、名前や二人称の「あなた」を使う。
②友人に助言していると想像する
距離をとった視点から、同じ問題を抱える友人がいたらどんな言葉をかけるか想像してみる。
③視野を広げる
現在の悩みを、これまでに経験した辛い出来事と比較したり、人生や世界という大きな枠組みの中にどう位置付けるか考えたりする。
④経験を試練として捉え直す
内なる声を補助するために、現状を再解釈し、克服できる試練として捉え直す。
⑤チャッターによる身体反応を解釈し直す
ストレスへの身体反応は、ストレス下で結果を出すための適応進化的反応だと思い出す。
⑥心のタイムトラベルをする
今から1ヶ月後、1年後、あるいはもっと先に自分がどう感じるか考えてみる。
⑦視点を変える
こっそり他人を観察する視点から見てみる。
⑧思ったままを書いてみる
ネガティブな経験をめぐる心の奥底の思いや感情を書くことを、1日に15〜20分、1〜3日間続けてみる。語り手の視点で自分の経験に注目すると、その経験から距離をとることができるので、なぜその感情を抱いたのかわかり、気分が和らぐ。
⑨お守りを握りしめる、あるいは迷信を信じる
ある物や迷信的行為がチャッターを和らげてくれると信じるだけで、脳の予想力が活用され、信じた通りになることが少なくない。
⑩儀式を行う
意味を込めて定められた一連の行動は秩序とコントロールの感覚を与えてくれるため、チャッターを感じている時に役立つ。