新しい階級闘争 大都市エリートから民主主義を守る

発刊
2022年11月18日
ページ数
294ページ
読了目安
404分
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欧米諸国で起こっている政治的混乱の根源とは
トランプ政権の誕生、ブレグジット、ポピュリスト政党の台頭など、政治的混乱が続く欧米諸国で起こっている問題の根源を解き明かしている一冊。
移民政策や税制など争われるテーマは異なっても、大都市エリートと労働者階級の対立の根本的な理由は、同じであると説き、なぜ今になってこのような問題が勃発しているのか、それを解決するための手法は何かを紹介しています。

欧米諸国における新しい階級闘争

西ヨーロッパと北米で起こっているほぼすべての政治的混乱は、「新しい階級闘争」によって説明がつく。欧米諸国における最初の階級闘争は、第二次世界大戦後、大西洋の両側で民主的多元主義システムが確立されたことで終結した。労働組合、大衆参加型政党、宗教団体や市民団体は「我々にも権力をよこせ」と叫んで高学歴の管理者エリートに強く迫った。

その後、1970年代から現在に至るまで、各国の労働者階級と管理者エリートの間で不安定ながらも「民主的多元主義講和条約」が結ばれていたが、その条件を一方的に破棄したのはエリートの側であった。欧米民主主義諸国では、労働者階級の圧力から解き放たれた大都市の上流階級が専横をきわめ、もはや耐えられなくなったポピュリストたちが下からの反乱を引き起こした。この反乱は、ドナルド・トランプやボリス・ジョンソンのようなエリート出身の日和見主義者を中心としたデマゴーグに利用され、しばしば悲惨な結果を招くに至った。

 

ドナルド・トランプの当選、ブレグジット投票、ヨーロッパ大陸におけるポピュリスト政党の台頭、すべてこれらの背景には反体制ポピュリズムの力が働いている。それらの引き金となった問題は、ある国では脱工業化、また別の国では移民政策、あるいは税制といった具合に国によって異なる。しかし、根本的な原因は同じである。半世紀にわたるテクノクラート新自由主義による「上からの革命」で、自分たちの経済的交渉力、政治的影響力、文化的威厳を傷つけられた低学歴の労働者たちの長年鬱積した怒りである。

ポピュリズムそのものよりも民主主義を脅かしているのは、ポピュリズムに対するエスタブリッシュメント側の反応である。ポピュリズムの反乱に遭い、窮地に立たされた欧米エスタブリッシュメントにとって採りうる戦略は、懐柔と抑圧の2つである。

懐柔よりも安上がりなのが抑圧だ。欧米の上流階級の管理者にとっては、想像上のネオナチによる乗っ取りの危険性や、ロシアがスパイやインターネットを使って欧米諸国の有権者を洗脳し、欧米の征服をもくろんでいるという陰謀論など、実体の定かでない民主主義への脅威に立ち向かうという大義名分のもと、民衆の真っ当な不満を代弁するポピュリストの政治家を主流から排除する方が容易い。

現代社会が直面する危険は、規範の崩壊や疎外が現実化した状況をデマゴーグが利用する危険である。そうなれば、上流階級のエスタブリッシュメントは、民主主義を解体するポピュリズムの危険性を声高に叫び、寡頭支配者による抑圧とデマゴーグによる混乱という悪循環をもたらすことになる。

 

大都市エリートから民主主義を守るための解決策

テクノクラート新自由主義と煽動的ポピュリズムの両者に代わるのは、民主的多元主義である。民主的多元主義は、民主的な選挙は民主主義の必要条件であっても十分条件ではないという本質を見抜いている。高学歴の富裕層は、人事を介してではあるが、必然的にすべての関係者を支配する傾向があるため、地域代表は、職能団体や地域団体からなる「社会連邦主義」によって補完されなければならない。そのためには、政策の実質的部分をルール策定機関に任せる必要がある。例えば、賃金を決定する部門別機関は労働組合と企業が担い、教育やメディアを監督する機関は宗教と世俗的信条の代表者が担うといった形で、社会の特定部分の代表者にルールの策定を委ねるのである。

 

政府は様々な分野で「君臨すれども統治せず」というのが民主的多元主義者の抱く民主主義観である。民主的多元主義は、決してユートピアではないが、形式的な選挙政治と行政機関という観点から民主主義を規定する際の多くの欠陥を免れている。1つの理由として、民主的多元主義者は、立法者に全能のジェネラリストを求めていないからである。立法府は監督機能を保持しつつ、政策決定の大部分を、より高度な利害関係や専門性を持つ人々に委ねることができる。

 

民主的多元主義は、複数の代表形態を提供することで、一般市民の力を拡大する。一般市民を代表するのは、恣意的に区割りされた選挙区ごとの投票を通じてしか選べない政治家だけではなく、政労使三者からなる経済団体のうち労働者と企業の代表者である場合もあれば、多様な利害関係者を代表する文化委員会の宗教的・文化的サブカルチャー集団のメンバーである場合もある。

多元主義の制度化は、社会全体に利益をもたらすが、これは多数派である労働者階級の人々にとって特に重要である。彼らには財力も地位もないため、力の源泉となるのはただ1つ「数」しかない。労働者階級の人々が政治に影響を与えるには、彼らに対して責任を負う規律ある大衆組織に頼るしかない。そのような組織として、これまで最も重要だったのは、大衆参加型政党、労働組合、教会である。

 

民主的多元主義が成功すれば、市場、政府、文化それぞれの領域における政策決定過程に、すべての階級や主要なサブカルチャー集団をある程度組み込むことで、日和見主義のデマゴーグがつけ入るような人々の孤立感や無力感を軽減することができる。