意識的に遅く考えることの役割
賢い人はスピーディな思考にも秀でていながら、実際にはそれだけでなく、状況を適切に見極め、それに応じてあえて遅く考えている。むしろ、「気をつけないと間違える場面」「多様な可能性を考慮すべき場面」には、ゆっくり考えることでその能力を存分に発揮している。これこそ、賢さの大事な要素である。
遅く考えられる人は、自分自身の思考そのものにも注意を払いながら、丁寧に思考を進められる。間違いが起こりやすい場面に気づいて、それに対処できるので誤りを減らすことができる。そして、良いアイデアや仮説にたどり着くまで、状況に応じた思考の進め方で粘り強く考え続けられる。それによって、多様な可能性を吟味する想像力や創造性まで発揮できる。
じっくり考えを進めることには、2つの大きな役割がある。
①思考の間違いを回避する
思考にエラーが発生しやすい状況や場面を知り、それを注意できる
②より良い思考を生み出す
思考をうまく先へと進め、適切なアイデアや妥当な仮説を導き出す
遅考の基本3ステップ
①思いついた考えや言われたことを、まずは一旦否定する。
「Aではないのではないか」と自問する。
②条件を何度も確認する。
見落としがあったり、別の仮説を思いついたりする可能性がある。
③もっともだと思える仮説にたどり着くまで、あれこれ粘り強く考える。
想像力を働かせる、文献を参照する、他の人と相談することも有効である。
様々な仮説を検討するには、今まさに生じている現実の状況だけではなく、「ありうる状況」についての思考を巡らす必要がある。そこでは、今自分が抱いている思考が、実際の世界の状態に直結しているのではなく、あくまでも仮定の状態を表しているのだとして「切り離して」理解する能力(デカップリング)が求められる。
この仮説的思考に必要なデカップリングを発動させるには、「まずは一旦否定してみる」ことが有効なきっかけとなる。
直観と熟慮の2つのモードの使い分けが必要
人間の頭には、2つのシステムがある。素早く自動的で、しかも無意識的に働く、直観的な思考プロセスを生み出す「システム1」と、遅くて意識的に努力しないと働いてくれない、熟慮的な思考プロセス「システム2」である。
システム1における直観的な思考は、連想やパターン認識が得意である。一方で、システム1は、方程式を解く時に必要になるような順序立てた計算や、いくつかの前提から論理的に結論を導き出すような推論は苦手である。そうした思考を行うには、システム2を働かせて熟慮する必要がある。
システム1による直観だけだとうまくいかない状況があるので、そういう時はモードを切り替えて熟考する必要がある。それに備え、どういう時にシステム1による直観だけではうまくいかなくなるのかを学ぶ必要がある。
直観でエラーを起こしやすい事例
①代表性バイアス
「頭に思い浮かびやすいものほど、その数や起こりやすさも大きく見積もってしまう」という思考の傾向。人物像などについては、実際の可能性よりも、いかにも当てはまりそうなイメージの方を優先しがちになる。
②基礎比率の無視
基礎比率とは、おおよそ「もともとの比率」のこと。人間はしばしばこの基礎比率を無視して、確率や可能性についての直観的な判断を下してしまいがちである。本当は可能性があまり大きくないものでも、実際以上に起こりそうなものとして捉えてしまう、といった誤りが生じる。
③連言錯誤
2つの事象AとBが重なって起こること(Cとする)と、AやBという単一の事象を直接比べて、Cの方がAやBがそれぞれ単独で起こるよりも可能性が高いと誤って判断すること。CはあくまでもAやBの一部でしかないので、AやBに比べて必然的に確率が小さくなるのに、そのことを考慮するのを怠ってしまう。
④利用可能性バイアス
記憶から呼び出すのが容易なものの方が、そうでないものに比べて実際に起こる確率が高く、発生件数が大きいと捉えてしまう、という思考の傾向のこと。すぐに利用可能なものが誤りではなく真理であるという保証はない。
因果関係がわかれば、思考の質は高まる
何らかの「原因」があって、それがある「結果」を引き起こす、という因果関係は、人間にとって決定的に重要である。因果関係を正しく把握し、原因を適切に特定することのメリットは、既に起こった出来事が説明できるようになることに加えて、これから起こる出来事についての予測も可能になるという点だ。
システム1が自動的に働いて、大抵は正解を導き出してくれるが、いつも正しく因果関係を捉えられるわけではない。そこで、はじめに何か仮説を思いついても、それには飛びつかないで、別の因果関係の可能性がないか、システム2であれこれ考えて検討する必要がある。