生まれが9割の世界をどう生きるか 遺伝と環境による不平等な現実を生き抜く処方箋

発刊
2022年9月6日
ページ数
224ページ
読了目安
255分
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人の能力に遺伝はどの程度関係しているのか
行動遺伝学の専門家が、親から子供に受け継がれる遺伝の仕組みを解説し、様々な人の能力や特徴に対する遺伝の影響を紹介しています。
子供は生まれた親の遺伝と環境の影響を受けることは必然であり、それを事前に選ぶことはできないが、遺伝や環境だけで人生が決まるわけではなく、どのように受け入れていけばいいのかヒントを書いています。

ヒトの行動特性はすべて遺伝的である

遺伝とは、トランプや麻雀などのゲームで最初に配られた手札のようなものだと思えばいい。父親と母親から子供に受け継がれた遺伝子の組み合わさり方を「遺伝子型」と言い、どういう遺伝子型を持っているかによって、子供には様々な、個体の形態や機能の特徴「形質」が現れる。

 

遺伝による説明率のことを遺伝率という。遺伝率とは、親から受け継ぐ遺伝子の割合のことではない。遺伝率が高い形質ほど、遺伝の影響を受け、変化させるのが大変ということである。

主な形質に対する遺伝率は以下の通り。

  • 知能:50〜60%(共有環境20%、非共有環境30%)
  • 身長・体重:90数%
  • パーソナリティ:50%程度
  • 統合失調症、自閉症、ADHD:80%程度
  • アルコール・喫煙などの物質依存:50%強
  • 反社会的な問題行動:60%程度

身体だけでなく、知能や学力、パーソナリティといった能力面、心理面も含めて、ほとんどの形質は30〜70%の遺伝率がある。人間が備えている「その人らしさ」は、環境と同じくらい遺伝の影響を受けているのである。

 

遺伝と環境について思い悩む時、人は大抵「遺伝か環境かどちらか一方」だけに原因を求め、それだけで考えようとする。例えば、環境の影響が半分あるということは、環境を変えれば、能力をもっと伸ばしたりできると考えたくなる。しかし、その環境も遺伝次第なのである。
双生児研究によれば、環境の個人差にも40%くらいの遺伝率が見出される。つまり、遺伝的に本を読むのが好きな子にはより多くの本が与えられ、遺伝的に聞き分けのいい子には親が頭ごなしに叱りつけるのではなく、子供の言い分により耳を傾けようとする。その人が自ずと呼び寄せてしまう環境には、その人の遺伝的素質が多かれ少なかれ反映されるので、環境は純粋に環境の影響とは言えない。

 

環境に関しては、次の2つがある。

  • 共有環境:家族のメンバーを「似させようとする方向に働く環境」(家庭内の習慣、しつけなど)
  • 非共有環境:家族のメンバーを「異らせようとする方向に働く環境」(交友関係など外部の運に左右されるもの)

 

共有環境にしても非共有環境にしても、環境は無数の環境要因で構成されており、多少なりとも効果量を計測できている要因はごく一部でしかない。特に非共有環境は、一人一人違い、同じ人でも時と場所によって違う偶然や運の産物で、科学的に捉えどころがない。

物理的に同じように見える環境を用意したとしても、その環境が各個人に対して同じように働くとは限らない。ある時点で同じ景色や出来事を経験しても、次の瞬間にはそれぞれ別の景色や出来事に出会い、違う経験の連鎖となっていく。その異なる経験の連鎖から何を切り取り、何を知識として積み重ねていくかに、環境の偶然と遺伝の必然が相互作用していく。

なお、大金持ちの家と中流家庭とでは環境の多様性に大した差はなく、どういう能力を発現するかは遺伝的素質によるところが大きい。

 

子育ても同様で、メソッド本と同じようなやり方をしても、それが与える影響は子供によって変わってくる。児童期の知能や学力に関してはある程度子育ての影響もあり、これらは共有環境として作用するが、それでも大きく見積もって10〜30%程度の影響でしかない。但し、0.1%の効果量しかない要因も100個行えば、10%の影響を子供の成績に与えられるとポジティブに捉えることもできる。

 

人間の遺伝的素質に対して、環境は電気のスイッチのようにオン、オフで働くものではない。ある人に絵の才能があったとして、ある環境では確実に発現するけれど、違う環境では全く発現しないといったものではなく、その関係は確率的である。人間の持つ形質は遺伝的な影響を強く受けるが、それは一定範囲内で確率的に生じやすく緩く安定した値がある。

 

能力は内的な感覚として立ち現れる

人より運動や勉強に秀でているといった形で能力が発現すればわかりやすいが、能力と見なされないくらい微小な好き嫌いということもある。本を読むより体を動かす方が性に合う、尖ったものより丸っこいものの方が心が落ち着くなど。

その人に固有の遺伝的な脳のネットワークが、発達の過程で様々な環境と出会い、相互作用を繰り返しながら、その人独自のそうした違いを、46時中、意識するしないにかかわらず、見出している。

 

音楽的な才能だとか大上段に構えなくても、何かを好むということ自体がすでに「その人らしさ」の表れであり、能力の萌芽なのである。自分の中にある「これが好き」「これは得意」「これならできそう」といったポジティブな内的な感覚は、自分の能力に関する重要な手掛かりである。人は往々にして、そんなささやかな内的ポジティブ感覚を大したことがないと過小評価する。

しかし、遺伝的な素質に基づいて環境と相互作用し、その内的感覚に素直に従って、それを種として素質をさらに能力として高めていくことが生物学的に見ても自然なプロセスと言える。

参考文献・紹介書籍