三越伊勢丹 ブランド力の神髄

発刊
2015年4月16日
ページ数
235ページ
読了目安
260分
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三越伊勢丹の構造改革
売上がシュリンクしていく百貨店業界にあって、三越伊勢丹はどのように経営を立て直しているのか。三越伊勢丹の社長が取り組んでいる構造改革について語っている一冊。

百貨店の役割

これからの百貨店ならではの役割はどこに求めればいいのか。百貨店は小売業界全体の4.4%しかシェアがない業態のため、他業態と重なり合っては意味がない。異なる役割を担っていかなければ、存在価値はない。そうなると、百貨店の本来の姿に戻るという事になる。

 

百貨店の役割は、暮らしを豊かにする「モノ」「コト」を提供する事である。「モノ」とは、独自性の高い価値のあるものである。その価値とは、お客様から見れば価格とのバランスである。一般的に、買い物をする時、お客様がイメージされている価格帯というのが必ずある。その価格帯を中心に、それよりも少しいいモノを品揃えしていく事が、最も重要になってくる。

 

「コト」とは何か。高度成長と共に所得水準が上がるにつれ、日本人は生活必需品以外のものを買い求めるようになった。それでも、当時の百貨店は高嶺の花だった。百貨店に遊びに行く事が1つのレジャーとして成立するほどで、日曜日に家族でおめかしして買い物に行く日は、ワクワクする思いで出かけた。この感覚をもう一度取り戻す。つまり環境と空間を意識した店づくりをしなければならない。お店に入った瞬間に「ワクワク感」を感じるような店づくりである。これは百貨店の中に建築的なデザインを取り入れていくという事である。

 

百貨店として提供する「コト」のもう1つは「おもてなし」である。三越伊勢丹のスタイリスト達がお客様にどれだけのご満足と感動を提供できるか、という点がポイントである。つまり接客の質、販売の質を、他の業態と棲み分けていく必要がある。

 

同質化して衰退する百貨店

百貨店業界の売上が9兆円から6兆円にまで減ったという事は、今までやってきた事を否定しないと、さらに売上が落ち続けていく事になる。はっきり言えるのは、同質化が最大の問題であるという事である。自ら考えて何か手を打つより、お客様に人気の高い有名ブランドや話題のテナントを入れる事にのみ躍起になった結果、どの百貨店に行っても同じような有名ブランドが入っているという、商品の同質化が起こった。

 

自らリスクを背負わなかったために、商品の価値が他の業態と同じになってしまった。結果的に、価値と価格のバランスにおいて、ユニクロや無印良品、GAP、ZARAなどの製造型小売業(SPA)に勝てなくなった。その結果、業績が悪化し、販売員を店頭から減らしたためにサービスが低下していった。

衰退からの脱出は、まずは同質化からの脱却と、リスク回避体質を改める事から始めなければならない。それに対する三越伊勢丹の答えが「仕入構造改革」である。

 

在庫リスクをとり、利益率を高める

仕入構造改革は、三越伊勢丹が2011年から始めた取り組みである。衰退しつつある百貨店を立て直すには、売上は大きく伸びなくても営業利益率が向上する仕組みをつくるしか方法はない。つまり、売上が伸びないならば、仕入価格を下げるしかない。そこで、百貨店サイドが販売リスクを取る事で、仕入れ価格を下げる事にした。これまでは売れ残った商品は取引先に返品していたが、在庫リスクを負う事にした。

仕入構造改革を成功させるには、商品を売り切る事が欠かせない。最低でも85%は売り切る事が大前提となる。そこで大事になるのが販売力である。その中心にあるのが「現場」である。

 

現場力を高める

百貨店業界をはじめとする小売業界は、経済環境の動向だけで自らの業績を語りがちである。しかし、経済環境に左右されないように取り組んでいかなければ、百貨店が生き残っていく事はできない。むしろ、三越伊勢丹は、厳しい環境にさらされた方が強み(ブランド力)を発揮できるのではないか。そのブランド力の源泉が「現場力」である。

 

「現場力」は、店頭にしかない。お客様と直接ふれ合い、百貨店で最も現場力を発揮しているのは「スタイリスト(販売員)」である。そこで人事制度の改定(販売実績に応じた報酬を支給する制度の導入)に着手した。現場力は、店頭でお客様に向き合うスタイリスト達のモチベーションにかかっているからである。三越伊勢丹には12000人の社員がいるが、彼ら1人1人のモチベーションがほんの少しでも上がれば、売上はすぐに2〜3%上がる。店頭に並べる商品や、おもてなし精神にあふれた販売サービスの精度アップも、すべて人がやる事である。

 

サービスの低下は、働く人の条件を高める事で回復させる。そのために、三越伊勢丹は営業時間を短縮し、定休日を設け、休む時には休むという環境を作る。営業時間が長いと「シフト制」の働き方を取り入れなければならない。それでは、お客様にとって、お目当てのスタイリストがその時々でいなかったりして、来店の動機が削がれる可能性がある。そこで三越伊勢丹では「一直」と呼ばれる開店から閉店まですべてのスタイリストが店頭に立つ働き方にする。そうする事で、引き継ぎのコミュニケーションが不要となり、その分を接客に充てる事ができる。時間を短縮する事で、よりサービスの質が高くなり、売上も上がり、生産性も高まる。

 

三越伊勢丹の課題は、社員と取引先のすべてが同じようなレベルで感じ、おもてなしの質を高めていく事である。それは「現場力」であり、その現場力をつくるのは人にほかならない。