科学は「ツキ」を証明できるか

発刊
2022年6月3日
ページ数
336ページ
読了目安
528分
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成功の連鎖は実在するのか
「ホットハンド(成功の連鎖)」は実際に存在するのか。これまでバスケットボールのシュート成功率のデータを元に行われてきたホットハンドの研究が紹介されている一冊。

著名な行動経済学者ダニエル・カーネマンの共同研究者エイモス・トヴェルスキーらの研究によって、「ホットハンドの存在は確認できない」とされ、センセーションを巻き起こした問題について、これまでの経緯や現時点で示された研究の結果が書かれています。

人はランダム性の中にパターンを見つけてしまう

「ホットハンド」とは、普段の能力をはるかに上回り、一時超人になったと感じる状態のことだ。ホットハンドはあらゆる分野に存在し、どんな人にも関係する。バスケットボールにおけるホットハンドは、連続でシュートを2、3本決め、「何本も連続で決めてきたのだから、次も入るはずだ」と確信している状態のことだ。世界中の優秀な学者たちが、このホットハンドは存在するという確たる証拠をつかもうと、研究を続けてきた。

 

1974年、心理学者のエイモス・トヴェルスキーとダニエル・カーネマンは、「少数の法則」と呼ぶバイアスについて論文を発表した。少数の法則は、人々があまりに少ないデータから推測し、「少ないサンプル数から導き出した結論の妥当性を、過剰なまでに認める」傾向があるというものだ。彼らはあらゆる場所で少数の法則が当てはまることを発見した。

私たち人間は、月面のクレーターを見て、宇宙からのメッセージだと思う。同じアーティストの曲が続くと、スポティファイのプレイリストがおかしいと感じる。成功している投資家を見て、幸運を実力だと勘違いする。

 

トヴェルスキーは、そもそもホットハンドは存在しないという見解を持っていた。トーマス・ギロビッチ、ロバート・バローネ、トヴェルスキーの3人は、NBAのシクサーズとセルティックス、コーネル大学のチームのシュートを何千本と調査した。そして、発表された論文はセンセーションを巻き起こした。彼らの論文には3つの重要な知見があった。

  1. バスケットボールにホットハンドというものが見つからなかったこと
  2. 人は連続する事柄をとことん過大評価し、絶好調の感覚を自ら誇張していること
  3. 人はランダム性の中にパターンを見つけるという性質を持っていること

従って、ホットハンドを信じることは、間違いというだけでなく、それによって手痛い目に遭う可能性があると結論した。

ただ、これは到底信じられない内容だったため、大半の人は断固として認めようとしなかった。バスケットボールの専門家たちは、ホットハンドは誤りではないという主張を貫いた。

 

ホットハンドは存在する

ギロビッチ、バローネ、トヴェルスキーの研究は、ホットハンドを見つけるにはサンプル数が十分ではなく、統計学的手法も確立されていないという、根強い批判もあった。だからこそ、たとえホットハンドという現象が実在するとしても、それを見つけることができなかったというものだ。

こうした状況をふまえた上で、キャロリン・スタインとジョン・エゼコヴィッツは「SportVU」というシステムによるNBAの全試合のシュートのデータを使って、ホットハンド現象を調べた。そして、ホットハンドは確かに存在すると判明した。選手が試合中に4本打ったシュートの内、1本が入ると、シュート確率が1.2%上昇し、4本の内2本決めた選手は2.4%上昇することを発見した。つまり、2〜3本連続で成功した選手にとって、その次のシュートが入る確率は、下がりもせず、現状維持でもない。むしろ、より難易度の高いシュートを狙うようになることを考慮すると、確率が上がっていると言える。

 

アダム・サンフルホとジョシュア・ミラーは、これまでのホットハンド研究の盲点を発見した。コインを3回投げた時、1度表が出た時点で、次に表が続く確率は50%だと普通は考える。だが実際には、成功率が表か裏かという5分5分の確率よりも低くなる。

「表が連続した確率」の平均を出すため、「表が出た後にコインを投げたことが一度でもあるパターン」における確率を合計し、6で割る。つまり250%を6で割ると、予想していた50%ではなく、42%という答えが出る。バイアスにかかっていたのは、統計そのものだった。

 

ミラーたちが指摘する以前の議論では、成功率が50%の選手が、波に乗っている時も50%の確率でシュートを決めている場合、これはホットハンドが偽りであることを示すとして、考えられていた。

しかし、実際にはホットハンドが存在することの証拠だったのだ。シュート数が有限の場合、あるシュートが入った時点で次のシュートが入る確率は、50%を下回るからだ。成功率50%の選手が、それを維持しながらシュートを決めているということは、確率を上回っていることを意味する。絶好調になっていないのではなく、確実に選手は絶好調になっていたのだ。

 

このホットハンド研究で肝心なのは、高度に管理された環境で得た知見を、何でもありの場所に適用することだ。ある環境では、成功の連鎖が起きる。だが、それが起きない環境も当然ある。環境を適切に変化させれば、連鎖が起きる可能性がある、ということも考えられる。

往々にしてホットハンドに必要なのは、才能や環境、そして幸運だ。人々は成功が連続することの魅力に心を奪われるので、絶好調になるための下準備を、知らず知らずの内にしている。それもまた、人間らしさだ。