IQは金で買えるのか 世界遺伝子研究最前線

発刊
2015年7月21日
ページ数
256ページ
読了目安
329分
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遺伝子研究の最前線レポート
遺伝子検査による病気のリスク判定、優秀な遺伝子を持つ受精卵を選別するデザイナーベビーなど、現在世界で進められている遺伝子研究について紹介されている一冊。

発展する遺伝学

遺伝学の進歩と分子生物学的なアプローチとで、病気が起きるメカニズムの解明は確実に進みつつある。病気の発症にかかわる遺伝子は、今や特定変異で起きる先天性の疾患に限らず、がんや糖尿病、心臓病、アルツハイマー病といった病気でも次々見つかっている。こうした遺伝情報を利用すれば、一人ひとりの体質に合わせた病気の治療が可能になると言われている。

遺伝子を操作する技術も進化している。従来の遺伝子組み換え技術では、遺伝子がどこに入るのかわからなかった。それが最近は狙った場所に遺伝子を丸ごと入れたり、あるいは遺伝子を作る塩基の配列を1個単位で変え、痕跡をとどめない「ゲノム編集」と呼ばれる技術も登場している。ゲノム編集を応用すれば、受精卵の段階で、遺伝性の病気を治療する事ができるかもしれない。

一方で遺伝子が働く仕組みは想像以上に複雑で、環境や条件に大きく左右される事がわかってきた。特にここ数年間は、DNAの塩基配列に変化がなくても遺伝子の働きが活性化あるいは不活性化される「エピジェネティクス」という仕組みが脚光を浴びている。大事なのは、遺伝子が「ある」か「ない」かではなく、どのような条件の下で働くかだ。

 

遺伝子検査ビジネスの最前線

米国ではGoogleの共同設立者、セルゲイ・ブリン氏らの出資でできた「23アンドミー」が2007年、唾液に含まれる遺伝子を構成するDNAの塩基配列のわずかな違いから病気のリスクや体質を判定する個人向けサービスを始めた。当初999ドルだった価格は99ドルまで下がり、しかも判定項目は250を超えている。

米国に遅れること約6年、日本でも2014年になって23アンドミー社とほぼ同じ内容のサービスが次々と始まった。しかし、米国ではこうしたビジネスが既に転機を迎えている。日本の厚生労働省に当たる米食品医薬局(FDA)が2013年、23アンドミー社に対して、病気のリスクを判定するサービスの中止を警告した。世界で40万人以上が利用しているが、判定結果に誤りがあった場合、不適切な治療を受けるなど利用者に不利益があると判断した。現在、23アンドミー社は病気のリスク判定を停止している。

23アンドミーは病気のリスクを判定するサービスは中止したが、解析した生データの提供は続けた。そこで脚光を浴びたのが23アンドミー社の代わりに遺伝子変異の意味を解釈してくれるウェブサイトやサービスの存在だ。つまり23アンドミー社が病気のリスク判定を止めても、利用者はこれまで通りに病気のリスク情報を得られる。

個人向け遺伝子検査ビジネスの生命線は顧客のデータベースにある。データベースが巨大になるほど価値を持ち、そこからまた病気や体の特徴に関する新たな知見がもたらされる。そして精度向上や判定項目の追加となって顧客にも利益の一部が還元される。23アンドミー社の顧客は遅々としながらも着実に増えている。

 

天才遺伝子を探すプロジェクト

米国では戦後になっても「知能が低い」「精神病」などの理由で不妊手術を強要する優生政策が取られ、その傷跡が今でも残っている。優秀な遺伝子を選別しようとする試みは民間レベルでも存在した。米国では1980年代から90年代にかけて「ノーベル賞受賞者の精子バンク」が存在した。

米国では有償の精子バンクがいくつも存在する。そこでは現在、容姿や学歴はもちろん、知能指数(IQ)や病歴からドナーを選ぶ事が当り前に行われている。そこにあるのは極めて個人的な選択であって、誰かにとやかく言われる筋合いはないとの考え方が根底にある。

現在、世界中から「天才」2000人分のDNAを集め、知能を決める遺伝子の働きを解明しようと、中国のBGI社はプロジェクトを進めている。BGI社は、シーケンサーと呼ばれるDNAの塩基配列を解析する最新の装置を多数揃え、欧米の科学誌に数多くの論文を発表している。

人の知能に遺伝が一定の割合で関係している事は双子を追跡した調査で確かめられている。海外ではDNAが全く同じ一卵性双生児が同じ環境で育った場合、2人の知能指数は相関関係が0.8を超えるような強い相関を示したという報告がある。

もし知能をつかさどる遺伝子がわかったとするとどうなるか。着床前診断の技術を使えば、対外受精でつくった受精卵のDNAを調べ、選んだ1個を着床させる事ができる。この技術を使って、両親が「最も賢くなる受精卵」を選べば、生まれてくる子供の知能指数(IQ)は平均で1代5〜15ポイント高まるとしている。

一方、遺伝とはいっても、知能には少なくとも数百以上、あるいは数千単位の遺伝子の働きが複雑に絡み合っていると考えられている。知能に関係している可能性のある遺伝子の候補はいくつか見つかっているが、決定的なものはまだわかっていない。

プロジェクトの念頭にあるのは、知能にかかわる数千ヶ所のDNA配列がどのような組み合わせになると知能が高くなるのか、統計的な方法を用いて予測する手法だ。集まった2000人の「天才」のゲノムデータを「天才」ではない数万人単位のゲノムと比べる。個々の遺伝子の働きというよりは、塩基配列全体の違いに法則性のようなものがないかを調べる。一度に何ヶ所ものDNA配列を読み込める「DNAチップ」のようなデバイスなら既に存在する。こうしたデバイスを使って受精卵の遺伝情報を調べ、確率的に最も賢くなりそうな1個を選ぶという手法が成立しうる。

今後、天才赤ちゃんづくりは中国に限った問題ではなくなる。こうした生殖ビジネスが世界中どこで始まってもおかしくない。