自由な取引が豊かにする
歴史を通して取引の規模は格段に大きくなっていったが、取引は常に個人間で発生するという原則は今も昔も同じだ。取引に関しては様々な理論があるが、初期の理論の1つに「重商主義」がある。重商主義は17〜18世紀にかけてヨーロッパの貿易政策を支配していた。
重商主義とは、基本的に輸入する価値より輸出する価値の方が大きければ、国家の利益は大きくなるという考え方だ。その結果、国々は競って安い天然資源を輸入し、それをより高価な工業製品に加工して輸出するようになった。
しかし、重商主義には明らかな欠点がある。すべての国が貿易で利益を上げることを目指したら、誰かがこのゲームでは負けなければならない。輸入額より輸出額が多い状態を維持するために、各国の政府は様々な法律や税制をつくることになった。その結果、ものの流れが歪められ、それが人々の富を奪うことにもつながった。最終的に、重商主義は勝者と敗者を生み出し、利益よりも損害の方が大きくなった。
そんな重商主義に終止符を打ったのがアダム・スミスだ。スミスは『国富論』の中で、「それぞれの国が最も得意な分野に専念し、そこから生み出されたものを自由に取引すれば、社会全体が豊かになる」と主張した。スミスの考える「国家の富」とは、その国に暮らす人たちが生み出すものの合計を指す。みんなが自分の得意分野で生産し、できたものを自由に取引すれば、みんなが豊かになる。これが「自由貿易」の考え方だ。たとえ他の国から高い工業製品を輸入することになっても、自由に取引した方が豊かになれる。
貿易は富を創造する
そもそも、売り手と買い手がどちらも自発的で、自由に行う取引であれば、両者とも得をする。つまり、「富」を創造する。そして富とは、自分が所有するすべてのものの価値の合計を意味する。
そして、自由な取引によって個人が利益を受けると、グループ全体も利益を受ける。グループが国であれば、国家間の自由貿易によって、双方の国も、そこに暮らす個人も利益を受けることになる。
貿易が活発になると、貿易に参加している国の生活水準が向上する。第二次世界大戦以後、世界貿易機関(WTO)体制がつくられ、より多くの国が関税の引き下げと貿易障壁の削減を支持するようになった。その結果、貿易の拡大が続き、多くの国が貿易の利益を享受している。
基本的な経済システム
社会が生き残るには、限りある資源(土地、労働、資本、起業)を適切に利用するための決断を下す必要がある。人類は歴史を通じて、この問題に対するシステムを開発してきた。
①伝統経済
最も原始的な社会に存在し、世界各地に暮らす先住民族の間では、現在でも伝統経済のシステムが採用されている。人々の役割は性別と部族内での地位によって決まる。老人、子供など弱い立場の人は、集団で面倒を見る。集団は少ない所有物を共有し、私的所有権という概念は存在しない。
②指令経済
農業の出現とともに、栽培、収穫、貯蔵のための組織化されたシステムが必要になり、次第に伝統経済のシステムでは管理しきれなくなった。ある社会が生き残るには、育てる作物の種類、貯蔵する収穫物の量などを決めなければならない。やがてそれらの決断を中央の権力が担うようになり、指令経済が誕生した。
指令経済の大きな特徴は、中央集権的な意思決定だ。力を持つ1人の人物、あるいはグループが社会全体を代表して経済に関する決断を下す。
国家が唯一の生産者となり、競争相手がいない状況では、基本的な生活必需品以上のものを生産するためのインセンティブが存在しない。その結果、指令経済では、個性、イノベーション、多様性が失われる。
③市場経済
指令経済の正反対に位置するのが「市場経済」だ。市場経済では、中央集権的な意思決定が全く行われない。計画をトップダウンで押し付けるのではなく、ボトムアップで機能する。個人が自分の利益のために経済活動を行い、それが「何を、どうやって、誰のために生産するか」という問いに答えることになる。
現在、伝統経済は世の中にほとんどなく、指令経済は衰退し、そして純粋な形での市場経済は存在しない。世界で最も広く採用されているのは、指令経済と市場経済を組み合わせた経済システムだ。最も一般的なものが「社会主義」と「資本主義」だ。資本主義と社会主義の違いは、政府が生産要素にどの程度まで影響を与え、国が生産要素をどの程度まで所有するかというところにある。
カール・マルクスとアダム・スミス
経済システムを大きく2つに分けると、国家が人々の面倒を見るグループと、希少性の問題は、国ではなく個人の自由な経済活動によってのみ解決されると考えるグループになる。
『資本論』で知られるカール・マルクスは「能力に応じて働き、必要に応じて受け取る」と言った。マルクスが思い描いていたのは、富と所有の完全な再分配によって希少性の問題を解決する社会だ。土地と資本を所有する者から富を集め、労働者に再分配する。彼が夢見るユートピアでは、社会正義と経済の平等が達成され、誰もが希少性の問題から解放される。
一方でアダム・スミスは「私たちの夕食は、販売店の慈悲ではなく、彼らが私的な利益を追求することによってもたらされる」と言った。スミスが描く社会では、生産性が富の多寡を決め、合理的な利己主義が希少性の問題を解決する動機になる。社会が利己主義の力を活用すれば、最高善が達成されると信じていた。