脳は現実を直接体験しない
どんな人の脳も、本人が意識しないところで常に様々な情報を受け取っている。そして、消費者としての買うかどうかの決断は、実に様々なものに影響を受ける。そこら中で目にする広告、ウェブサイトに設置されている「購入する」ボタンの位置、パッケージのデザインなど、その多くは意識の外側から影響を及ぼす。
例えば、私たちは、食べたものを直接感じはしない。舌に届く食べ物の客観的な感覚と、脳が最終的に経験することの間には大きな隔たりがある。人は、世界をありのままに体験していない。一方、マーケティングになると、その隔たりの捉え方は、機会となる。消費者が体験する世界の深遠部にひねりを加え、影響を及ぼし、その世界を根本的に変える機会となりうる。
最も基本的なレベルのマーケティングは、消費者が体験する1つの感覚に対し、別の感覚を通じてひねりを加える。例えば、レストランなら、提供する食事だけでなく、音楽や店内の装飾といった様々なことに配慮するという具合だ。もっと深いレベルになると、消費しているものへの感じ方まで変えてしまう。
こうしたことを行える機会が存在するのは、自分の外に客観的に実在するものと、自分の内に生じる主観的な認識の隔たりを、脳が奇妙なやり方で埋めようとするせいだ。脳が現実を直接的に体験することはない。その代わり、現実のモデルとなるものを構築する。そのモデルを「メンタルモデル」と呼ぶ。脳は絶えずモデルをつくり続けている。何かを食べた時、私たちはこうあるべきだという脳の推測を体験している。
メンタルモデルは驚くほど影響を受けやすく、しかも影響を受ける可能性のある要素の数は膨大だ。また、不可能ではないにせよ、修正も難しい。現実と比較して間違いを知ることは絶対にできないからだ。つまり、ブランドや企業が私たち消費者のメンタルモデルに影響を与えれば、それは私たちの現実の体験に直接の影響を及ぼしたことになる。
メンタルモデルは絶えず構築され続けるので、それが行われていることや、どのように機能しているかを意識することはない。とは言え、メンタルモデルがどのようにしてつくられるか、とりわけ味覚のメンタルモデルの生まれ方を理解することは重要だ。それこそが、消費の世界でメンタルモデルにどのような調整が加えられ、変化させられるのかを理解するカギとなる。
まず、メンタルモデルが構築される際、脳はすべての感覚を平等には扱わない。強い感覚を優先する。味覚は、他の感覚に比べて非常に弱いので影響を受けやすい。ダントツで一番強いのが視覚だ。視覚情報の処理と解釈には脳の1/3が使われる。他の感覚が同時に作用しても、視覚が優先される。
さらに、自分の思いは、強い感覚以上にメンタルモデルに大きく影響する。消費の世界で人の思いを引き起こしうるものは多岐にわたる。例えば「オーガニック」というラベル1つで、食べ物の味にバイアスがかかる。全国的に名の知られたブランドのロゴがパッケージに明記されているターキーと、ノーブランドのターキーとでは、大抵の人は前者の方が美味しいと感じる。そういう思いが脳の生み出すメンタルモデルの一部となって、消費体験に大きな影響を及ぼす。
ブランディングとは
脳が整理するデータは基本的に、関連する情報が紐づいている膨大な情報ネットワークの中に保存されている。このネットワークは「意味ネットワーク」と呼ばれる。何か1つを頭に思い浮かべるたびに、それに関連する他のことも必ず一緒に思い浮かぶ。つながりを習得できるのは、脳にパターンを探さずにはいられない性質があるからだ。つながりは知識の構築で最も重要になることから、メンタルモデルに与える影響は極めて大きい。
ブランドを構築するブランディングは、つながりをつくるための活動ということになる。例えば、コカ・コーラは、広告とブランディングに数億ドルを毎年費やす。コカ・コーラという名称を聞いたことがない人は地球上にほとんどいないにもかかわらず、それほど広告にお金を費やすのは、ブランド名の認知以上のものを手にできるからだ。彼らは広告で消費者との心理的なつながりを手に入れて、消費者の意味ネットワークの中で広大な領地を占領しようとしている。
どのブランドも、消費者の心を動かす理想的な概念と同化しようと必死だ。BMWは完璧さ、フォードは頑丈さと信頼性、アップルは優美なミニマリズム、コロナビールはビーチでのくつろぎを自社製品と結びつけようとしてきた。ブランディングは企業に対する消費者の思いを体系的に変えようとする行為だ。それは、会社の商品体験を根本的に変える。