働かないアリに意義がある

発刊
2021年8月30日
ページ数
224ページ
読了目安
258分
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集団行動をコントロールする生物のユニークな仕組み
アリやハチなどの集団行動をする仕組みや理由を進化生物学者が解説している一冊。進化によって手に入れた生物のよくできた仕組みを学ぶことができます。そもそも生物とは何か、その本質的なことを理解できます。

集団をつくる生物

社会を持つ生物はヒトだけではない。様々な生き物にも社会としか呼びようのない集団が存在する。生物学では、特殊な集団構成を持つ生物だけを「真社会性生物」と呼び、他の集団から区別している。女王を中心に集団生活を営んでいるハチやアリの多くは、繁殖を専門にする個体と労働を専門にこなす個体(ワーカー)からなる、コロニーと呼ばれる集団をつくる真社会性生物である。自分の子供を残すという個体の利益になる行動をしないのに、他個体の繁殖を補助する行動をとる「利他行動」と呼ばれる行動が、真社会性生物とその他の社会性生物を区別する点である。

 

集団をつくり協力することは、「集団をいかにうまく動かしていくか」という、単独で生活する生物には起こり得ない問題を発生させる。しかし、ムシには、誰かが全体の状況を判断して組織をうまく動かすように命令を下す、などといった知能ある芸当はできない。
ハチやアリなどの集団行動を観察しても、状況判断を行って全体を動かしている司令塔はいない。にもかかわらず、ハチやアリのコロニーは適当な労働力を必要な仕事に適切に振り向け、コロニー全体が必要とする仕事を見事に処理している。

 

働かないアリの意義

アリの巣は地下にあり、地表でエサ探ししているものの何十倍もの働きアリが巣の中にいる。研究により、巣の中の7割ほどの働きアリが「何もしていない」ことが実証された。中には、ずっと働かない個体も存在することがわかった。働かない働きアリは、エサ集めや幼虫や女王の世話、巣の修理あるいは他の働きアリにエサをやるなどの、コロニーを維持するために必要な労働をほとんど行わず、自分の体を舐めたり目的もなく歩いたり、ただぼーっと動かないでいたりするなど、労働とは無関係の行動ばかりしている。

 

コロニーがこなさなければならない仕事は様々である。女王や幼虫、卵の世話、食料集め、巣の拡張や修繕、仲間の世話など、色々なことをやらなければならない。その上、仕事の一部はいつ何時、どれくらいの規模で必要になるか決まっていない。突発的に生じる仕事でも、こなせないとコロニーにとって大きなダメージにあることもある。
ムシたちは新たな「仕事」が生じると、その処理に必要な数の個体が集まってきて処理してしまう。この際、動員のためフェロモンや接触刺激による最小限の情報伝達は使われるが、人間の社会に広く見られるような上位の者から下位の者へと情報が段階的に伝わるという、階層的情報伝達システムは一切ないまま、コロニーに必要な仕事の処理が行われる。

 

単純な判断しかできないハチやアリたちのコロニーが効率よく仕事を処理していくためには、必要な個体数を必要な場所に配置するメカニズムが必要である。このために用意されているのが「反応閾値」=「仕事に対する腰の軽さの個体差」である。個体には、刺激に対して行動を起こすのに必要な刺激量の限界値「反応閾値」がある。
人間にはきれい好きな人とそうでもない人がいて、部屋がどのくらい散らかると掃除を始めるかが個人によって違っている。きれい好きな人は「汚れ」に対する反応閾値が低く、散らかっていても平気な人は反応閾値が高いと言うことができる。

この反応閾値がコロニーの各メンバーで異なっていると、必要な時に必要量のワーカーを動員することが可能になる。反応閾値に個体差があると、一部の個体は小さな刺激でもすぐに仕事に取りかかる。ある個体が手一杯になり、新たな仕事のもたらす刺激値が大きくなれば反応閾値のより大きな別の個体、つまり先の個体より「怠け者」の個体がその仕事に着手する。

このシステムがあれば、必要な個体数を仕事量に応じて動員できるだけでなく、同時に生じる複数の仕事にも即座に対応できる。面白いのは「全員の腰が軽かったらダメ」というところで、様々な個体が交じり合っていて、はじめてうまくいく点がキモである。

 

なぜ働かないアリが生まれるのか

この反応閾値の違いは、一部の種では遺伝子の差に由来していることもわかってきた。様々な仕事を同時に効率よく処理するためにはコロニー内の反応閾値の変異を大きくしておく必要がある。するとコロニー内に多様な反応閾値を示すグループが必要になり、それを保持するために、女王は多数のオスと交尾して、それぞれの反応閾値をワーカーに継承させる必要があるわけである。

一方で、次の世代により多くの遺伝子を残す方が有利という進化の原則から見ると、コロニー内の遺伝的多様性は低い方が有利である。ワーカーから見て、自分が育てるすべての子供が同じ父母を持つ方が、次の世代の女王への血のつながりが濃くなり、自分の遺伝子が伝わる量が増えるからである。にもかかわらず、女王が多数回交尾を行い、ワーカー間の平均的な血のつながりの濃さを、あえて下げる理由の答えの1つが、反応閾値の変異を高く保つためであるのかもしれない。いくら遺伝子がよく伝わっても、コロニー全体が滅びやすくなってしまっては、その有利性も相殺されてしまう。

参考文献・紹介書籍