スケールとアジリティが必要
目まぐるしく変化する現在の社会で成功し、影響力を発揮するためには、どの企業もスケール(規模)とアジリティ(敏捷性)という2つの要素を必要とする。大企業はすでにスケールを備えているため、アジリティこそが問題となる。一方、スタートアップにとっては「スケール」こそが問題であり、利益をもたらし、自社を新たな地平へと導く方法を見つけなくてはならない。このスケールとアジリティの両方を生み出すために役立つものが「デザイン」である。
一世紀以上の間、コカ・コーラ社はデザインの活用によって200ヵ国以上にスケールを拡大し、市場価値が10億ドルを超える製品ブランドを約20種類も生み出し、2000万以上の小売業者をパートナーとし、1日約20億本の製品を販売してきた。
コカ・コーラ社は競争力を維持するために、デザインをどのように用いているのか。
意図的にデザインする
コカ・コーラのデザインは、伝統を象徴する目に見える部分だけではない。ロゴや色は大切だが、目に見えない要素が大きな意味を持つ事が多い。コカ・コーラ社は、製品や広告、パッケージ、冷蔵庫などの他、成長を促すためにこれらがどのように結びつくかもデザインする。だからこそ、コカ・コーラのデザインは戦略的なのである。デザインをうまく用いれば、各要素が結び付き、1つのシステムの一部となる。例えば、コカ・コーラ社が新しいボトルをデザインする時、目指すゴールは、色を選び、素材を選び、形や大きさを決める事だけでなく、目の前にあるビジネスの問題を解決する事になる。
コカ・コーラは、創業後70年ほど、1つのブランド、1つの製品を、1つのパッケージデザインで販売してきた。価格もほとんどの地域で同じで、70年以上の間、5セントで売られてきた。成長戦略は、すべての国の村や町でコカ・コーラを販売すること、即ち世界中の誰もが「欲しい時に手の届く」ところにコカ・コーラを置く事だった。
その後、コカ・コーラはダイエット・コークを発売。2001年には「総合飲料企業」になるという大きな戦略的決定を下した。その結果、製品ポートフォリオからシステムの運営に至るすべてが変わり、複合性がもたらされた。そして、デザインに対するアプローチの変更をも必要とした。炭酸飲料からコーヒー、ジュース類に至る幅広い製品ポートフォリオに対し、同じデザイン戦略で間に合うはずがない。
コカ・コーラ社は、その後約10年にわたって「意図的にデザインする」取り組みを進めた。これは、コカ・コーラ社の成長戦略と明確に結びついた戦略的デザイン、様々な手段によってすべての市場でスケールとアジリティを生み出すデザイン、人々の意欲をかき立てるデザインを意味している。
様々な要素を結び付けてデザインする
優れたデザインは、よりシンプルで好ましい方法で問題を解決する。優れたデザインは偶然の産物ではない。意図的に生み出される必要がある。
デザインは、目には見えないものとどのように関連しているかを理解しなければならない。目に見える要素と見えない要素がどのように結びつくかを考えるためには、それを「システム」として考える事だ。システムとは、1つの事を達成するために結びついた要素や行動をいう。目に見えるもの(製品、広報活動、従業員など)と、目に見えないもの(パートナーシップ、プロセス、社風など)を結び付ける事によって、発展を促す事が目標になる。
「いろはす」の事例
コカ・コーラ社のチームは、伸び悩むボトル入り飲料水事業をいかにして立て直したのか。水を売る事は、市場シェアを確保するために、製品の形を変える事も、新しい機能を加える事もできない。チームは、広告だけでなくウェブサイトやボトルデザインの刷新が必要だろうと考えていた。価格戦略や顧客関係管理、サプライチェーンの見直しも必要になる。
彼らは大事な事に気付いた。日本ではリサイクルは「推奨」されるだけではなく、生活の一部になっていて、プラスチックごみの7割以上がリサイクルされている。飲料水ブランド「ミナクア」はこの点を踏まえていないのは明らかだった。チームはもう1つのデータにも着目した。東京の住宅価格は高く、一戸の平均サイズも小さい。空のボトルは貴重な空間を奪ってしまう。
2009年、日本コカ・コーラ社は全く新しい飲料水ブランド「いろはす」を売り出した。新しいパッケージの重さはわずか12グラムで、他のボトルよりも40%軽い。製造過程でプラスチックの使用を減らし、コストを削減すると同時に二酸化炭素排出量を減らす事で地球環境への悪影響を抑えた。さらに、ボトルは軽く、片手で簡単に押しつぶせるため、リサイクル用の回収容器がすぐに一杯になる事もない。つまり、システム全体の様々な要素を結び付けたのである。広告キャンペーンで「おいしく飲み、しぼって、リサイクルする」というメッセージは瞬く間に広まった。
WHYから始めよ
優れたリーダーや企業は「WHY(なぜ)」から始める。彼らが最初に焦点を当てるのは、目的であり、「何を、どのようにやるのか」ではない。ほとんどの企業は、何をデザインするかに焦点を当てる。一方、デザインから最大限に価値を引き出す企業は「WHY」から出発し、その目的に応じて、デザインを用いるプロセス「HOW」を明確にする。
デザインについて総合的に考えること、即ち「WHY」「HOW」「WHAT」を考える事によって、誰もが競争優位や成長をもたらせる。