人は論理ではなく、「心」で動く
様々な商品が世の中に溢れ、情報の洪水の中にある現在、お客様自身が自覚しているニーズにとどまらず、お客様自身も気づいていない「心」までも理解し、お客様の満足を生み出す時代になっている。
人は論理的に行動するわけではない。自分では論理的に行動していると認識している瞬間でさえ、「心」が何かしらの影響を与えている。厄介なことに自分自身ですら、そのことを認識できていない。
残念ながら、マーケティング手法やツールを使っても、心を見つけることはできない。既存の体系化されたマーケティング理論が得意とするのは、あくまでも本人が気づいている「感情」や「意識」である。人間の行動の95%は無意識によって支配されているというのが定説だが、自分でも気づかない心は、本人にも説明できない。
こうした行動に影響する「心のツボ」を「インサイト」と呼ぶ。マーケティングの世界では「人を動かす隠れた心理」「無意識に行動をかき立てる心理」といった意味で使われている。企業の間で顧客視点が重視され、特に注目されているが、インサイトを導き出す手法はまだ確立されていないのが現実である。
まずは自分自身の「心のツボ」を見つける
お客様を知るために、マーケターは様々な調査を行う。代表的なものに「アンケート」や「グループインタビュー」がある。これらの調査を実施すると、お客様と自分たちが売りたいモノ(商品・サービス)との関係ちが見えてくる。そこに、どのようなニーズがあるのかを把握し、戦略の方向性が正しいかを見極めることができる。但し、これらの手法ではお客様自身も自覚していない「心のツボ」を見つけることはできない。
お客様の潜在意識にアプローチするためのマーケティング調査には「行動観察」や「デプスインタビュー」がある。但し、これらは潜在意識を知るきっかけに過ぎない。観察や会話を通じて、お客様の暮らしやその人生のありように踏み込み、「自分の心」も使いながら、インサイトを探り当てる必要がある。
お客様を動かす「心のツボ」を探り当てるには、自分自身の心のツボを見つけるスキルを磨くのが先決である。私たちはマーケターである前に、1人の消費者である。仕事以外の場面では客として生活している。客としての自分が意識していない「何か」を見つけ出し、そこを手掛かりにお客様の心に周波数を合わせる。その結果、お客様の心を動かすマーケティング戦略が実現する。
自分の心に潜る
心のツボを探り当てるには、1人の客としての自分の行動や感情、意識に目を向け、克明に再現すること、これらを生み出す自分の心理を深く理解することが欠かせない。一流のマーケターになる前に必要なのは「一流の消費者」になることである。
①行動を見つめる「眼力」を鍛える
人は思い込む生き物である。トレーニングが不十分なうちに、感情や意識に目を向けようとすると間違った解釈にとらわれやすくなる。まずは、誰がどう考えても覆せない事実である行動を正確に振り返る力をつけることが最初の一歩である。なぜ、その行動を起こしたのかという理由は封印する。感情も意識も捨て去って、事実だけを拾い集める。
「なぜ、そうしたのか」という理由を排除し、事実のみを丁寧に拾い集めると、自分でも気がついていなかった不可思議な行動をとっていることに気付かされる。自分でも気づいていなかった事実を見つけられるようになると、自然とお客様の言動から新たな事実を拾い上げる力が鍛えられる。
②自分の「感情」「意識」に潜む心を見つける
行動を丁寧に掘り起こせるようになったら、次は感情、意識の理解を深める。重要なのは、自分が今、当たり前のように解釈していることを一旦リセットすることである。
感情や意識は顕在化されたものである。喜怒哀楽は自覚できるし、何を感じているかも認識し、説明できる。問題はこれらの感情や意識が、自分も気づいていない心、深層心理によって生み出されているということである。日頃から、その心を見抜く練習をする。
③心のフタを開ける力をつける
誰の心の中にも、目を背けたくなるようなドロドロした何かがある。それはコンプレックスかもしれない。誰にも見せたくない弱い部分、自分でもウンザリするような邪悪な思いかもしれない。インサイトを理解するには、このダークな部分をのぞき込む必要がある。
自分の心を深く検証し、自分の心を揺さぶる何かを探り当てる。これらが実際のビジネスに役立つのかどうかはこの時点ではわからない。インサイトの正解は1つではないからである。この世の中には無数のインサイトがあり、多くの人に共通するものもあれば、一部の人以外には全く当てはまらないものもある。ただ、重要なのは自分自身のインサイトを導き出す力をつけることで、他者のインサイトを探し当てる力がつくということである。