経済成長ありきから抜け出せない世界
人間と天然資源に対する搾取・収奪の行為や、汚染排出、大量廃棄を続ければ、地球環境の悪化は避けられない。北米やヨーロッパなどの国々で成長を維持していくのは、もはや経済的に健全なことではなくなった。社会や生態系、個人が背負う費用の方が、成長の便益よりも高くついてしまうのだ。社会や生態系が背負うコストを覆い隠し、会計帳簿の外に追い出し、ダメージを他の地域や他の人々、もしくは未来の世代に押し付けるメカニズムのせいで、そうした現実は表面には見えてこない。
政府や企業は、「経済成長が永遠に続くというおとぎ話」を信じ続けている。不均衡に多くの便益を享受している特権的な人々が、自分たちの負担とリスクを少しで済ませられる成長システムを維持するため、都合の良い手段を高度に駆使しているのは間違いないし、多くの場面で経済成長を求める活動は続くだろう。成長追求型の経済によって最も搾取され、最も不利な立場に追いやられている人々の中にさえ、成長を目指す欲求は残る。
成長追求という様式がグローバリゼーションの名のもとに世界に広がって、文化や言語、技術、家族のあり方、信仰における多様性と入れ替わってしまった。経済成長と一緒に進化してきた世界観や社会システムが、世界中に拡散し、どの地域でも同様の経済成長を推進しているせいで、多様な集団が異なる生き方を維持したり、編み出したりすることが困難になった。経済成長ありきという思想にすっかり馴染んでいる集団にとっては、それ以外の生き方など、ほとんど想像もできない。
脱成長とは何か
脱成長論は、人類がこれまでとは全く違う形で、これまでよりも少なく生産し、少なく消費していくことを訴えている。全体のパイを縮小し、より多くを共有し、より公正に分配していかなければならない。レジリエンスを備えた社会と環境で、喜びと意味のある生活を成り立たせていくために、新しい生き方と新しい関係性を育む価値観と制度が必要だ。
脱成長の思想と実践は、2つの切り口から方向転換を促す。1つは、物質使用量と市場取引の拡大を止めること。もう1つは、成長なしで豊かな生活を送ることのできる制度、人間関係、人を育てていくこと。この2つは実質的に不可分だ。人間や人間以外に対する害を最小限にすることを意図した方法で、スローダウンすることを目指さなくてはならない。
脱成長とは、不足や欠乏を強いられることではない。誰もが尊厳を保ち、不安を感じず、友情や愛情や健康を実感して生きていくこと、そうした生き方をするに充分な環境の確保を望んでいる。お互いを世話し合い、支え合い、余暇と自然と楽しみながら生きていこうとするのが、脱成長である。
脱成長へ向けた改革
成長を目指さない未来で、豊かな暮らしを実現するためには、人と人との関係、そして、人が作り人が住む環境との関係を今とは全く違ったものにしていく必要がある。
未来に向けて、今とは違う方法を発想していくには、観察し理解することだ。既に存在している活動に目を向けるのだ。世界各地の人々が、現在、支配的な経済モデルや考え方に代わる仕組みを受け継いだり、適応させたり、新たに生み出したりしている。仲間と連帯してシンプルに生きることを是とする伝統は古くから存在し、時代を超えて進化し続け、多くの人に取り入れられている。
競争や成長よりもコミュニティのウェルビーイングを優先した生活に至るためのキーワードが、「コモンズ」(資源を共有する生活システム)と、コモニング(協働、衝突、協議を通じて、共有の伝統や規制を維持し適応させていく努力と実践)である。
既に新しい常識が浸透して、ウェルビーイングを重視した低負荷の生活が奨励されている社会は、脱成長を推進する改革を支持するだろう。そうでない社会も、重要な政策がタイミングよく導入されれば、脱成長を望むコモンセンスが浸透し、コモンズのインフラが整うチャンスが生まれる。
望ましい未来を導くために組み合わせて推進していきたい5つの改革は次の通り。
①成長なきグリーン・ニューディール政策
発展を測る一番の指標であるGDPの成長に背を向け、代わりに真に重要なもの「健康、幸福、環境」を重視する。
②所得とサービスの保障
ユニバーサル・ベーシックサービスとユニバーサル・ベーシックインカムによって、全ての市民が尊厳を持って健康に生きていける環境を創出する。
③コモンズの復権
生産体制、プロビジョニング、その他の衣食住の所有・運営を人々が共同で行う仕組みを、国や自治体が政策によって推進していく。
④労働時間の削減
市場のための生産を行う労働は減らして、代わりに、労力や時間の使い道を自分で決められるコミュニティの活動を増やしていく。
⑤環境と平等のための公的支出
社会を維持するもの、つまり労働への課税はやめ、代わりに社会を破壊するもの、つまり環境破壊や不平等に課税する。