人は押しても変わらない
動いている物体は動き続け、止まっている物体は止まったままでいる。人間や組織にも「慣性の法則」が働く。大抵はいつもと同じことを繰り返そうとする。何かを変えるのはとても難しい。
この慣性の壁を打破して何かを変えようとする時、大抵の人は「押す」という戦略を採用する。情報、事実、根拠をこれでもかと提示し、理由を説明し、さらに少しばかり力を加えれば、人は変わると考える。しかし、このやり方では逆効果になることが多い。人間は押されたら押し返す。
変化を起こすために必要なのは、力ずくで押すことではない。説明がうまいとか、説得力があるということも関係ない。変化で大切なのは、自分が触媒(カタリスト)になることだ。力ずくで押すのではなく、障害物を取り除き、ハードルを下げることで、人々の行動を促す。変化の触媒になりたいのであれば、「この人はなぜまだ変わっていないのだろう?」という、根本的な問いから始めなければならない。
心の変化を妨げる5つの障害と対策
人や組織の変化を妨げる最も大きな5つの障害は以下の通りである。人を変える時でも、組織や社会を変える時でも、カギとなるのは「障害を取り除く」というテクニックだ。
①心理的リアクタンス
心理的リアクタンスとは、自由が奪われた、あるいは奪われそうになっていると感じる時に生まれる不快な状態だ。人間は選択肢や行動を制限されるのを嫌う。自分の行動は自分で決めたいという強い欲求がある。この大切な自由が奪われそうになると、人は本能的に反発する。自分の行動を自分で決める能力が奪われそうになるだけでも、人間は大きな警戒心を持つ。そして、自分のコントロールを取り戻す方法の1つが禁止された行動をあえて行うことだ。
心理的リアクタンスと説得レーダーに対抗するには「変化を仲介する」ことが有効だ。自分で説得しようとするのではなく、相手が自主的に説得されることを目指す。カギは次の4つ。
- メニューを提供する(こちらが決めた選択肢の中から選んでもらう)
- 命令ではなく質問をする(答えを自分で見つけてもらう)
- ギャップを明確にする(相手の思考と行動の矛盾を指摘する)
- 理解から始める(相手に共感と理解を示すところから始める)
②保有効果
人間には既に持っているものやしていることを過大評価する傾向がある。人間は、一度何かを自分のものにすると、それに愛着を覚える。その結果、それの価値を高く見積もるようになる。さらに、これから手に入れる時よりも、手放す時の方が、対象のものを高く評価する。ものの価値を高めているのは「所有」という感覚である。人間は変化のプラスとマイナスを同じ基準で評価しない傾向がある。
保有効果を和らげるためのカギは次の2つ。
- 何もしないことのコストを意識させる(現状維持にもコストがかかり、マイナス面があることを明確にする)
- 退路を断つために船を焼く(現状維持という選択肢を選べないようにする)
③心理的距離
自分の理解できる範囲のことであれば、人は耳を貸そうという気になる。しかしあまりに自分の理解を超えていると、最初から拒否反応が出て聞く耳を持たない。どんなに言葉を尽くしても説明しても全く伝わらない。人の考えを変えるはずの「証拠」は大抵思ったような働きをしてくれない。人は正しい情報に触れると、間違った考えを改めるのではなく、かえって間違った考えに固執することがある。
人は新しいアイデアや情報に触れると、まず自分の中にあるアイデアや情報と比較する。新しい情報を吟味し、既存の考え方と合致するかどうか考える。新しい情報が許容のゾーンの範囲内なら、その情報には「承認」のスタンプが押される。しかし、拒絶の領域に入るアイデアや情報に対しては、重箱の隅をつつくようにあら探しをする。
相手との距離を縮める方法は3つ。
- 移動可能な中間層を見つける(まず考え方が自分と一番近い人をターゲットにする)
- 小さなお願いをする(大きいお願いを分割し、許容ゾーンを広げていく)
- 現状打破のポイントを見つける(両者の間で合意している点を足掛かりに一気に飛躍する)
④不確実性
変化は往々にして「不確実性」につながる。人は不確実性を前にすると、本能的に一時停止ボタンを押して行動を止めてしまう。人間はリスクのある状況、つまり不確実な状況を嫌う。そのため、変化に伴う不確実な要素が多くなるほど、人はその変化に興味を持たなくなる。製品、サービス、アイデアも、わからない部分が多ければ多いほど価値は低く評価される。
不確実性を取り除き、朝鮮への障壁を下げるためのカギは次の4つ。
- フリーミアムを活用する
- 初期費用を削減する
- 発見を後押しする
- 取り消し可能にする
⑤補強証拠
時にはたった1人の言葉だけでは納得できないことがある。その人がどんなに知識があっても、自信満々でも関係ない。ある種の事柄においては、より多くの証拠がなければ人の考えを変えられない。
複数のソースが存在すると、信頼性と正当性が高まるという効果がある。証拠をさらに補強する証拠を見つけ、複数のリソースを活用して、翻訳の問題(それは自分にとって何を意味するのか)を克服する。