読書は格闘技である
書籍を読むとは、単に受動的に読むのではなく、著者の語っている事に対して、「本当にそうなのか」と疑い、反証する中で、自分の考えを作っていくという知的プロセスでもある。元々、世の中には最初から何らかの真実がある訳ではない。それは、様々な考え方を持っている人達が、議論を戦わせる事を通じて、相対的に今の時点でとりあえず正しそうなものが採用されているに過ぎない。今日正しいとされる考え方も、明日には新しい考え方に取って代わられるかも知れない。だからこそ、読書をする時も、自分の今の考え方と、著者の考え方を戦わせて、自分の考え方を進化させるために読むというぐらいの気持ちで臨むのが良い。
「読書は格闘技」という考え方に立つと、「良書」の定義も変わってくる。普通、「良書」というと、書いてある事が正しいものであり、正しい考え方であると思われる。しかしながら、書いてある事に賛成できなくても、それが批判するに値するほど、1つの立場として主張、根拠が伴っていれば、それは「良書」と言える。「良書」とは、批判に値し、乗り越える価値があるものの事を言う。
心をつかむ 『影響力の武器』×『人を動かす』
人生の中で、ただ1つ殆どどのような時にでも役に立つ最強の武器があるとしたら、それは「他者を味方につける方法」である。人間の1つの特色は、個々人が自分で意思決定する自由で自律的な存在でありながら、それと同時に、お互いが協力し合う事によって、より大きな事を成し遂げるという点にあるからである。であるからこそ、『人を動かす』はビジネスマン向けの書籍の中で最長級のロングセラーであるのは当然と言える。
『人を動かす』に挙げられている原則には驚きがない。この驚きの少ない普遍性と現代的でない事例のわかりにくさこそが、この本の魅力である。事例があまりに現代的でないからこそ、読者は一旦自分の文脈に置き換えて、抽象化してから理解しようとする事で、より理解できるのである。
この本にも致命的な欠点がある。読みやすさを作り出しているエピソード中心の構成は、科学的な実証性にほとんど欠けているという事である。心理学に関する言及もあるが今日的には古い理論も目立つ。
この弱点を正確についてきたのが『影響力の武器』である。こちらは『人を動かす』とは、真逆のコンセプトの本である。本書は道徳ではなく、むしろ弱い人間が引っかかってしまうような商売のテクニックを考察の対象にしている。学術書である事から大抵の実験には学術論文の出典が示されている。そして、人間の合理性、意思といったものよりも、不合理、無意識に焦点を当てている。この本では人間の理性の限界、動物的な反応について、率直に取り上げているのである。
『影響力の武器』の著者の意図は、人間の持っている判断上のバイアスを利用せよという事よりも、バイアスに気が付いて正しい判断をして欲しいというところにある。人の判断を歪ませる方法を学ぶ事によって、自分の判断を正確にする事を目的としている。
組織論 『君主論』×『ビジョナリーカンパニー』
果たして永続する組織はあるのか、それに共通する特徴はあるのか、という課題に取り組んだのが『ビジョナリー・カンパニー』である。主力商品のライフサイクルを超えて繁栄し、経営者の交代があったにもかかわらず成功してきた企業をベンチマークし、似たようなポジションにありながらそれほど成功していない企業と比較する事で法則を抽出しようとした。永続的に繁栄する組織について論考した『ビジョナリー・カンパニー』の結論は、カリスマ的リーダー不要論だった。特定のリーダーやアイデアよりも良い組織、良い仕組みを作る事に専念せよとする。
これと真逆の結論を論じた古典が『君主論』である。現実主義に依拠して、国家を生き延びさせていく強いリーダー、自分が仕えるに足り、かつ雇い続けられるリーダーについての書かれた。