自在化身体論 超感覚・超身体・変身・分身・合体が織りなす人類の未来

発刊
2021年2月19日
ページ数
256ページ
読了目安
331分
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人間の意識を身体から分離する研究の最前線
人間の意識を身体から分離し、テクノロジーによって能力を拡張する研究が進められている。ロボットやアバターなどに自由に心を切り替え、サイバー空間と物理空間を行き来できる基礎研究が紹介されています。

機械によって人の能力を拡張する研究

「自在化」とは、機械によって拡張された能力を、人が自由自在に扱えることである。現在、自在化技術の研究で中心的な役割を果たすのが「稲見自在化身体プロジェクト」である。科学技術振興機構が様々な分野の基礎研究を支援する「ERATO」プログラムの一環として、2023年3月までの5年間で研究が進められている。

 

自在化には、ロボットアームのような物理的な方法に加えて、ユーザーの代わりに活動するCGアバターなどバーチャルな手段も利用する。自在化技術が活躍する場は、物理的な空間のみならず、インターネットをはじめとした情報空間も含むからである。また、物理空間と情報空間を自由に行き来することも、自在化の一種と言える。

 

様々な物理的・情報的な手段を使って、稲見自在化身体プロジェクトは、人間の能力の拡張を目指す。ポイントは、ユーザーが単に新しいことができるようになるだけでなく、自分自身の能力が高まったように感じることである。プロジェクトを構成するのは、次の5つの研究テーマである。

  1. 感覚の強化(超感覚)
  2. 物理身体の強化(超身体)
  3. 心と身体を分離して設計(幽体離脱・変身)
  4. 分身
  5. 合体

 

自在化を達成する上での核になる発想の1つが③である。自分の身体に違和感があるのであれば、いったん心と身体を切り離して考える。両者を分離して設計できる技術があれば、誰もが変身して理想の身体を手に入れることができる。その先に現れるのが④と⑤である。

サイバー空間とフィジカル空間を縦横無尽に渡り歩き、超人的な能力を自由自在に操る人のことを「ディジタルサイボーグ」と呼ぶ。ディジタルサイボーグを実現する基礎技術の確立が、稲見自在化身体プロジェクトの1つのゴールである。

 

自在化身体

技術によって拡張された能力を、人が自在に扱えるようにするには、どうすればいいのか。これを考えて行くのが③心と身体を分離して設計の研究である。

  • 幽体離脱:心と身体を別のものとして扱う
  • 変身:ロボットやアバターなどを自分の身体の一部であると感じさせることができるか

 

心と身体のギャップを埋める「変身」の手段を、人は道具に求めてきた。身近な例は化粧品やファッションである。道具の利用によって、心が捉える身体像が変わることは脳神経科学の成果からも明らかである。サルを対象とした研究では、道具を使い慣れた後には、身体感覚が道具の先まで延長されることが実験から示唆されている。

心が自分の身体だと感じる範囲は肉体の枠を超えて広がることができ、しかもそれは日常的でありふれた現象である。「自在化身体」は、この現象を工学的に設計可能にしようとすることである。

 

自在化身体を実現する前提の1つは、人が心に抱く身体像の可塑性である。身体像はしばしば実際の肉体をはみ出して人工物まで広がる。こうした身体像の形成は、情報によってある程度操作できると考えている。但し、人の身体像は、自由自在に形作れるわけではない。そこには何らかの制約や振る舞い方の原理・原則があると考えられる。それは、心を容れる器と言える人の肉体の特性に依存するはずである。

 

心と身体の間に情報空間を挟む

人は自動的あるいは自律的な無意識の行動を、普段からたくさん利用している。何かを食べている時や歩いている時に、顎や足をどう動かしているのか意識している人はほとんどいない。喉に何かがつかえたり、何かにつまづいたりして初めて、意識が呼び覚まされる。今では、「歩きスマホ」のように物理世界の身体をオートマティックな制御に任せつつ、情報世界に心を遊ばせる芸当さえ当たり前となった。

我々人間自体に、自動機械さながらの無意識の行動と、意識的な行動を自在に切り替える能力がある。我々はオートマティックな行動から意識的な行動に自在に切り替えることができる。目指すのは、人が物理的なロボットやバーチャルなアバターなどを、身体の中の無意識な「ロボット」と分け隔てなく使えるようにすること。

 

自在化技術によって、無意識で自動的な行動と意識的な「マニュアル」行動を自由に切り替えられるようになれば、人は同時に異なる場所で活動可能になる。これを実現する鍵は、操作する側(心)と操作される側(身体)の間に情報空間を挟むことである。自在化技術が発展すれば、自分の意識をユビキタス、すなわちありとあらゆる場所に偏在させることさえ可能になるかもしれない。

 

自在化技術の本質は、自分の肉体という身体の制約からできなかったこと、できないと諦めていたことを、技術の力でできるようにすることである。自在化システムの利用によって、人の心に自信を呼び覚まし、仕事や生活にやり甲斐を感じてもらえることが、きっと可能になるはずである。

参考文献・紹介書籍