美意識を磨く オークション・スペシャリストが教えるアートの見方

発刊
2020年8月17日
ページ数
269ページ
読了目安
309分
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美意識の磨き方
世界で最も長い歴史を誇る美術品オークションハウス「クリスティーズ」の日本代表が、美意識の磨き方を紹介している一冊。オススメのアートの見方など、アートに向き合う時に大切なことが書かれています。

「絵画の見方」の基本は心を揺り動かすこと

世間で出回っている「絵画の見方」といった本を見ると、実に感心することが多い。視線の流れで解説したり、絵の中の焦点のあり方から探ってみたり、画中に描かれたイコンや静物にどんな意味や暗喩があるかを説いたり、手を尽くして、それこそ絵解きをしている。

しかし、絵を見るからには、まず最初に強烈な感動や衝撃、あるいは興味がなければならない。心を揺りうごかすものこそ、アートである。いかなる心の衝動もなしに、冷静極まりなく絵を見るなんてつまらな過ぎる。

そして、その中から自分の好きな絵や画家に出合うこと、それこそが大事である。

 

アートに関して、海外のエリートビジネスマンは美への造詣が深い、美意識が高い、といったことが話題になっている。しかし、実感とはかなり離れている。例えば、ステーキとビールと株の値動きにしか興味のない、肥満したウォール街の金融マンをたくさん見てきた。

問題は、美意識が高いといった場合の、その美意識の中身である。例えば、桃源郷のような綺麗な田園風景を描いた絵に感嘆の声を洩らすのも美意識だし、画家フランシス・ベーコンの歪んだ顔や人体にじっと見入るのも美意識である。美意識を語る場合、何か教科書的な、姿勢の正しい、美しく、スタンダードなものだけをイメージしているとすれば、全く不十分である。絵画には政治的なものもあれば、目を背けさせる要素を含んだものも多いが、それがアートの本質の重要な一面である、とも言えるからだ。

 

アートは「窓」である

絵を見るには、自分の好きな絵や画家を見つけて、「自分事」としてしまうのが良い。ある企画展で見かけた一点の絵が気になって仕方がない。別の展覧会でも偶然、その画家の作品に出合ってしまう。細かい情報にも目が行くようになり、画集や伝記を買って読み、機会を見つけてはその画家の絵を追いかけるようになる。数年経って、その画家の大きな展覧会が催されることになり、まるで自分が見出して育てた気分になり、何となく晴れがましい。

そういう画家が一人でも見つかれば、そこを中心にして、絵画にまつわる知識が増えていく。似た作家がいれば、そちらにも枝葉を伸ばす。エコール(一派)のメンバーであれば、その周辺の芸術家にも関心が広がっていく。音楽や演劇とコラボをしているようであれば、そういったバックグラウンドも「自分事」にしてしまう。

そうこうしている内に目が肥えてきて、知らぬ間に独自の「美意識」なるものが育ってきて、部屋の壁に何か飾りたくなる。机の上にも花や置き物が欲しくなる。街に貼られたポスターの良し悪しも気になり出す。

話題になっているから、人気だから、教養として知っておきたいから、というのも絵を観る大事な動機だが、その根底では、やはり自分の好みを知っている方が趣味は長続きする上に、どんどん深まっていく利点がある。

 

アートとは「窓」である。アートを足掛かりに、自分の外に存在する様々なものに感性や興味を伸ばしていく。アートは他の世界への、そして知らない自分を知るための窓である。

 

いいものだけに触れる

良いものだけを見ていれば、いつか目が肥えて、良い悪いが瞬時にわかるようになる。音楽でも、例えば世界最高峰のベルリン・フィルやウィーン・フィルを聴き慣れていると、並あるいは並以下の演奏がすぐわかる。反対に名演奏を聞いたことのない初心の耳であれば、誰の演奏を聴いてもうまく聴こえてしまう可能性がある。

 

美には絶対値がある。例えば音楽畑の複数の知人に3つの抹茶茶碗から好きなものを選ばせると、一番優れたものを指すことが多い。それは美的な修練がされてきているからではないか。

普段からいいもの、最高のものに触れていないと、自分の基準ができてこない。この絶対値は分野ごとにある。当然、絶対値が高い人もいれば低い人もいる。それはその人の絶対値なのであって、どちらが正解に近いかはマーケットが決めることになる。