生命の根源を見つめる

発刊
2020年5月15日
ページ数
188ページ
読了目安
283分
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推薦者

知のフロンティアを色々と学ぶ
東京大学教養学部が金曜の夜に開講する高校生と大学生を対象とした公開講座から、11の研究テーマを各教員が紹介している一冊。
生命や宇宙など、様々な研究のフロンティアがわかりやすく解説されており、現在のサイエンスの最先端を学べます。

生命現象を駆動する最も根源的な物質

デオキシリボ核酸(DNA)は遺伝情報を担っており、生物にとって重要な物質であることは知られている。しかしDNA自体が私たちの体を動かしているのではない。DNAは、いつ、どこで、どんなタンパク質を作ればよいのかを指示する設計図であり、実際にはタンパク質こそが生命現象の実働部隊である。

 

タンパク質は、アミノ酸という小さな物質が鎖のようにつながった1本のひもであり、1つのタンパク質は、平均して約200個のアミノ酸からできている。生物が使っているアミノ酸は20種類であるため、アミノ酸の並び方には20^200通りの可能性がある。このような多様性が生物の多様性を生み出している。ヒトは20種類の内の約半分のアミノ酸しか体内で合成できないため、別の生物のタンパク質を食べ、それを分解してアミノ酸を摂取する。

 

生体内でつくられたタンパク質は、最初はひも状に伸びた構造をしている。しかし、多くのタンパク質では伸びた形は不安定なため、アミノ酸の並び方に応じて、特定の丸まった構造へと自然に折りたたまっていく。自然がタンパク質をコンパクトに折りたたむ方法は、らせん状にするか、ひだ状にするかのどちらかだ。この2つが基本構造となり、それらの多様な組み合わせによって、約1000種類のタンパク質構造がこの世界には存在している。

 

タンパク質は柔らかく動くソフトマターであり、特定の構造を形成した後、マイクロ秒(10^-6秒)からミリ秒(1/1000秒)のタイムスケールで高速に揺れ動くことによって初めて、ターゲットとなる物質と結合し、デンプンを分解したり、筋肉を動かしたりといった機能を発揮できるようになる。

 

タンパク質の折りたたみ問題

生体内で合成されたタンパク質は、すぐに特定のコンパクトな構造へと折りたたまり、その状態で揺れ動くことによって機能を発揮する。しかし、タンパク質のアミノ酸配列が与えられた時、そのタンパク質がどのような立体構造を形成し、どんな機能を発揮するのかを理論的に予測することは、現状ではまだ困難である。この問題は「タンパク質の折りたたみ問題」と呼ばれ、50年来の難問中の難問となっている。生命のプログラム解読の最終段階はまだ未解明なのだ。

 

タンパク質の折りたたみ問題の解決は、コンピュータを用いてタンパク質を自由自在にデザインできるようにする上で必要不可欠である。この問題は生物学だけで解けず、物理学が必要になる。問題解決のアプローチの1つは、タンパク質を構成する数千〜数万個の全原子についてのシュミレーションだ。スパコンで数値解析的に解いていけば、タンパク質の動きをシュミレーションできる。最近では、小さなタンパク質ならば折りたたみ問題は解けつつあるが、アミノ酸200個からなる平均的なタンパク質では、その構造と機能の予測は未だに困難である。

最近は、物理学に加えて、人工知能の利用がタンパク質の折りたたみ問題解決へのブレークスルーになる可能性が出てきた。世界最強棋士に勝利した囲碁用のAI「アルファ碁」の開発者らが、深層学習を用いた「アルファフォールド」というソフトウェアを開発し、2018年に開催されたタンパク質の構造予測コンテストで優勝している。

 

タンパク質の折りたたみ問題が解決できれば、タンパク質のアミノ酸配列ー構造ー機能との対応関係が明らかになる。これは基礎研究として重要なだけでなく、応用研究にも直結している。その知見を利用すれば、目的の機能を持つタンパク質の構造をコンピュータで設計でき、それをデザインできるからだ。これが自由自在にできるようになれば、個人個人に応じたテーラーメイド医薬品、石油に代わる燃料を生産する酵素などを容易に作ることができるだろう。