植物と動物の違い
植物は、10億年前から4億年前までの期間に、動物とは正反対の決定を下した。動物が、必要な栄養物を見つけるために移動することを選択した一方で、植物は動かないことを選び、生存に必要なエネルギーを太陽から手に入れることにした。そして、捕食者や、地面に根付くことによる多くの制約に対抗するため、自らを適応させていった。生き残るためのただ1つの方法は、破壊をまぬがれる体を持つこと。つまり、動物とは全く違うやり方で体を作り上げることだった。
植物と動物の最も重要な違いは、集中と分散である。動物では各器官に集中している機能が、植物では全身に分散している。植物は、中心的器官である脳を持たなくても、動物以上の感度で周囲の環境を知ることができる。そして、土壌と空気の中の限られた資源を手に入れるために、植物同士で活発な競争を行なっている。さらに、環境の状態を正確に把握し、コストと利益のバランスを分析した上で、環境からの刺激に応じて、適切な振る舞いを決定し、それを実行する。
分散化によって生存する
植物と動物の最も大きな違いは、植物は生物の基本的な機能を担う単一もしくは一対の臓器を持たないという点だ。動物と違って逃げることができない植物が捕食者に対して抵抗して、生きていくには、明らかな弱点を持たないことが大切だ。臓器は弱点になる。
一般に植物は、動物が特定の臓器に集中させている機能を体中に分散させている。どんな機能もできる限り分散させることが、捕食者の攻撃から生き延びる唯一の方法なのである。
植物は、じっと動かないことを選択した結果、並外れて優れた感覚を発達させた。環境から逃げられなくても生き延びられるのは、数多くの化学的・物理的なパラメーターをいつでも緻密に知覚する能力を備えているためだ。
脳がなくても記憶できる
植物をはじめとする多くの生き物は、専用の器官を持っていないにもかかわらず、知性を発達させた。
記憶力は知性とは別物とはいえ、記憶力がなければ、学ぶことはできず、学習は知性の必要条件の1つである。一般的な生物は経験から問題への対応を学ぶが、植物も同じ問題が繰り返し現れると、以前よりさらに適切な方法で対処する。こうしたことは、障害を克服するための重要な情報を保持する能力、すなわち「記憶力」がなくてはできない。
植物には脳がないため、植物の記憶力について語ろうとすると、大抵は「環境馴化」といった特殊な用語が使われる。だが、実際、どんな植物も経験から学ぶ力を持っている。つまり記憶のメカニズムを備えている。
けれども、植物のように脳を持たない生物において、脳に似たメカニズムがどのように機能しているのかは未だに謎だ。それでも、数多くの研究によって、エピジェネティクスが重要だとわかった。エピジェネティクスとは、DNAの塩基配列の変化を伴わない遺伝子の働きの変化を説明する分野だ。エピジェネティクスな修飾は遺伝子発現の仕方を変えるが、塩基配列は変えない。ストレスの結果として生じた遺伝子発現の変化が、エピジェネティックな修飾を通して細胞に記憶されている可能性は高い。
最近、MITの生物学部の研究グループが、ある仮説を打ち出した。それは、少なくとも開花のような記憶のようなケースにおいては、植物はプリオン化したタンパク質を利用している可能性があるというものだ。プリオンは、アミノ酸配列が誤ったやり方で折りたたまれたタンパク質で、近くにあるタンパク質全てに対して、この異常形成されたタンパク質をドミノ倒しのように増殖させる。植物では、プリオンが独特な記憶方法をもたらしているのかもしれない。脳を持たない生物の記憶力がどのように機能するかがわかれば、植物の記憶の謎を解き明かすだけではなく、私たち人間の記憶力がどのように働いているのかを解明することにも役立つだろう。