心が通じるロボットをつくる
ドラえもんの「のび太を幸せにする、心を持った存在」という部分を最もつくりたい。目の前にいる一人ひとりに、とことん向き合うロボットを実現すること。そんなロボットをみんなの手に届けることができれば、ドラえもんをつくることは、多くの人の幸せにつながる。
現在は、機械学習技術の中でもディープラーニングが高い性能を発揮し、日々発展を続けており、AIの代名詞的な位置付けとなっている。しかし、心が通じ合うという部分は、現在のディープラーニングの技術の発展をただ待つだけでは実現困難だと考えられる。ディープラーニングによるデータ処理を繰り返す以外にブレイクスルーとなる技術があるのではないか。
心理学や認知科学では「人間と人間がどうやって心を読み合っているか」という理論が多く研究されている。外側にある環境や他者を含めた全体のシステムをどうデザインするのかを考えないと、ドラえもんはつくれない。
人との関係の中でドラえもんはできあがる
ドラえもんをつくるには、まず「ドラえもん」を定義しなければならない。この定義の仕方には「みんなが認めてくれたもの」という社会的承認による定義という方法がある。みんなが「これは、ドラえもんと言っていいよね」と認めてくれるものがあれば「ドラえもんである」という決め方である。
のび太にとってドラえもんが友達である理由は、のび太がドラえもんを友達だと思っているからである。これは人同士の関係の中で、人が認めることででき上がっていく。ドラえもんも、そういった人との関係の中でできあがっていくはずである。これを実現するには、ロボットの性能向上も必要だが、特に人と認め合う関係をつくるためには、人に適応していき、寄り添える能力が重要になる。同時に、いかに人に寄り添ってもらえて、人に適応してもらえるかという観点も重要になる。これを研究領域では「相互適応」と呼ぶ。
人と関わるためのAI技術「HAI」
人は人との関わりの中で人になっていく。知能は決して脳だけがあればできるものではない。脳は体と一緒にあるから、環境と一緒にあるから、知能として成り立っている。そして、人間の本質的な知能のほとんどは、他者と一緒に自己があるから成り立っている。
ディープラーニングは、大量のデータを使ってコンピュータに学習させると、精度の高い画像認識や自然言語ができるようになるが、逆に言うと、大量のデータと大量の計算機資源を集めなければならない。学習のために大量の時間も要する。人間が介入すると、投入するデータ量は減り、人と関わらない方が性能が上がるという性質を持っている。
一方、人と深く関わるためのAI技術が「HAI(ヒューマン・エージェント・インタラクション)」と呼ばれる技術である。HAIはロボットと人の両者を一体のシステムと捉えて研究する分野である。つまり、HAIは工学だけでなく、心理学や認知科学の領域を含む研究分野と言える。
HAIのコア技術は、人に「他者モデル」を想定させること。人は、人同士のやり取りの中で、「自分だったらこう感じるだろう、こう思うだろう」という自己モデルを応用して、他者の心を推定すると考えられている。他者モデルを想定しない他者というのは単なる「道具」であり、他者モデルを想定した他者は「仲間」のような存在になる。
人は他者の意図を予測する時に、他者に心を感じることがわかっている。ロボットと人間の1対1では意図を感じさせるほどの会話は難しいが、2台のロボットを使うと、意図を感じさせるレベルの会話が可能になる。ドラえもんに感情を持たせるには、人とロボットが関わりあうHAIの技術が重要になってくる。