スタートアップM&Aの現状
過去には、IPO市況が落ち込むたびに、IPOがダメならM&Aという、どちらかというと「消去法」でスタートアップのM&Aへの期待が膨らんできた経緯がある。しかし現在、スタートアップM&Aを事業成長及び企業価値最大化の「攻め」の手段として活用しつつ、起業家や投資家にとってのリターンも両立させる事例が増えている。
日本のスタートアップの「出口」は狭き門であるIPOに偏っている。日本のIPO件数は約20年、年間100件前後で頭打ちであり、その多くが小規模上場してその後の株価も低迷している。IPO社数だけを無闇に増やすことは現実的ではない。
日本では、ベンチャーキャピタルの投資先企業の「出口」としてのIPOとM&Aの割合は約7:3となっている。これに対して、米国では約1:9とスタートアップM&Aが圧倒的に多い。米国では2000年頃から「出口」の主流がIPOからM&Aに変化しており、GAFAMだけでなく伝統的な大企業もスタートアップを買収している。IPOだけでなくM&Aの活発化との両輪でスタートアップ・エコシステムが回り続けて大きくなった。
IPOに比べて、スタートアップM&Aは起業家人材も起業家を資金源とするエンジェル投資も循環しやすい特徴があり、日本のスタートアップ・エコシステムにとって意義は大きい。
スタートアップM&Aの課題
日本のスタートアップM&Aの課題は「規模(≒企業価値)」が起業家やVC等にとって過小評価されがちであること。買い手から見て質が低いイメージがあるため、売り手となる起業家やVCも、買い手となる大企業や新興上場企業・PEファンド等も前向きになりにくい。
規模が過小評価される背景には、以下の事情がある。
①M&Aしか選択肢がない状態になってからM&Aを初めて考える
日本のスタートアップは、IPOや資金調達に失敗した「追い詰められた状態」で、初めてM&Aを考える傾向がある。これはスタートアップBATNA(交渉の結果として合意できそうな選択肢の他にも最善に近い選択肢がある状態で意思決定をすること)がない状態である。こうした状態に追い込まれると、M&A交渉にならず、買い手の言うがままとなってしまい、規模は極小化される。
②買い手候補についての視野が狭い
買い手候補が、自社が所属する業界の企業に偏っていたり、IPOとして間もない新興上場企業に偏りがちな傾向がある。業界が同じでカルチャーも似ていたり、強みも近いことでM&Aが成立しやすいメリットがある一方、必ずしも売却価格は最大化されない。
③買収手法が硬直的
企業の売却価格を交渉する場合、売り手となるスタートアップは、事業計画をもとに将来の企業価値を反映した現在価値を訴求するが、買い手は過去実績に基づいた現在価値を追求する傾向がある。スタートアップM&Aでは、このギャップが大きすぎて成立しないことが多い。また、スタートアップは「のれんの塊」なので、買い手が上場企業の場合、躊躇する傾向がある。
そうした観点では、必ずしも株式の100%売却にこだわらずに、様々な手法を検討することが有益なことがある。
④常日頃の準備とインテリジェンス不足
本来、起業家は、IPOを含めて様々な選択肢がある時にこそ、もしM&Aを選ぶならどういう相手が候補か、どういう条件が揃うと本格検討すべきかなどを、刻々と変化する市場や競合動向を睨みながら考え、準備しておく必要がある。
スタートアップM&Aの「規模化」と「質の向上」を実現する方法
①デュアルトラックを取り入れる
IPOもM&Aも、価値最大化のためには「他の選択肢がある」というスタートアップBATNAが重要であり、その典型がIPOとM&Aを両睨みするデュアルトラックである。
②買い手を多様化する
買い手は5つのタイプに分類できる。
- 新興上場メガベンチャー
- 海外の事業会社
- 未上場メガベンチャー
- 大企業
- PEファンド
それぞれのタイプの特性、個社ごとの違いを見極めながらスタートアップM&Aの参考にする。
③買収手法を多様化する
近年は、優先株がスタンダードとして普及した環境において、買収手法も多様化が進んでいる。
- ステップアップ買収(2段階EXIT):マイノリティ→マジョリティ、マジョリティ→100%子会社化
- アーンアウト:クロージングから一定期間内に業績目標達成度合いに応じて追加対価を支払う
- スイングバイIPO:大手企業傘下で成長した後にIPOを目指す
- 株式交換
- 株式交付
- SPAC:支配権が動くM&Aで海外IPOを実現する手段
④常日頃の準備とインテリジェンスを欠かさず、いざという時の胆力と最後の運を信じる
スタートアップは、いつどのようなM&A機会が訪れるかわからないため、常にその可能性を考慮しておく必要がある。