人は成長すると恐れを抱く
人は成長していく中で様々な恐れが出てくるようになり、即興で表現することが難しくなっていく。そして「準備されたもの」「正解らしいもの」しか表現できなくなっていく。
①失敗への恐れ
子供は成長する過程で「ちゃんとやる」ことが求められるようになり、それができないと有形無形の罰を受ける。そのような罰を受けることで、失敗への恐れが生まれる。その防衛反応として、次のような行動を取るようになる。
- 何もしない
- 「正解」を探る
- 失敗への予防線を張る
- 失敗を認めない
②評価への恐れ
人はある頃から、客観的に自分を見ること(メタ認知)ができるようになる。メタ認知は物事を正確に伝えるためには重要だが、同時に「自分がどう見られているか」が気になり出す。その結果、次のような行動を取るようになる。
- 何もしない
- 賢く見える振る舞いをする
- 好かれる振る舞いをする
- 強く見える振る舞いをする
- 道徳的に見える振る舞いをする
③変化への恐れ
人は本来、現状を維持したい生き物である。そのため、未知のものに向き合う時には「このままでいたい」「変わりたくない」という恐れも生まれる。変化への恐れが強まると、人は次のような行動を取るようになる。
- 何もしない
- 物事をコントロールする
- コントロールされる
- 曖昧にする
④対立への恐れ
人は社会的な生き物である。子供は発達すると、場の空気・関係性全体についても気にするようになる。これもメタ認知と同じく、「場を乱したくない」という恐れが生まれる。対立への恐れが強まると次のような行動を取るようになる。
- 何もしない
- 当たり障りのないことを言う
- 迎合する
- 婉曲に表現する
恐れない自分になる
恐れを手放し、人と自由に関わるためには、まず自分自身が自由になることである。
①自分の言葉を取り戻す
多くの人は、人を前にすると「うまくやろう」「特別であろう」とする。しかしそのことが恐れを生み出す。インプロ(即興演劇)の父と呼ばれるキース・ジョンストンは大人の頭の中には「検閲官」がいると考える。その検閲官が自然と浮かんできたアイデアに対して「間違っているのでは」などとジャッジする。この検閲官が強くなると「思ったことを言えなくなる」と言う弊害に陥る。
思ったことを言うのが難しいのは、その多くが感情に関わることだからである。多くの大人は意識的か無意識的化の違いはあれ「感情を出してはいけない」と考えている。その結果、自分の感情を表現できなくなったり、感情に気づけなくなっている。
感情を表現することが難しいのは、それが自分の弱さを見せることになるからである。しかし、弱さを見せることは必ずしもネガティブなことではない。研究では、充実した人間関係を築いている人ほど、自分の弱さを隠していないという共通点があった。人は「自分の不完全さ」「自分の弱さ」を見せられる人に心を開く。
感情を言葉にするには、いくつかのコツがある。
- 胸に手を当て、感情に気づく
- 時間を取る
- 言葉にならない言葉を認める
②失敗を楽しむ
失敗を恐れていては新しいことを学べない。失敗をオープンにすることは、場に対する貢献である。失敗をオープンにすると、場は軽く明るくなり、よりチャレンジできるようになる。失敗をオープンにすると、人は「チャーミング」になる。人前でチャーミングであれば、自分がやっていることが、よくわからないことでも、存在自体が相手に受け入れられる感覚がある。
ほとんどの場合、人は初対面の相手に対して「自分のいいところ」を見せようとする。それは相手から評価されることにはつながるかもしれないが、相手と助け合えることにはつながらない。失敗はすぐにオープンにするほど認めやすく、受け入れやすくなる。この時には深刻にならず、ユーモアを持ってオープンにするのがコツである。中には笑えない失敗もあるが、その時には誠実さが大事になる。
失敗をオープンにしたり、チャレンジすることは「自分が面白がれる範囲を広げる」ことにつながる。そして「面白がる力」は恐れから自由になる上で、重要な力になる。面白がっている時にはもう恐れていないからである。
多くの人は問題が起こった時にそれを受け入れるかどうかで迷う。しかし既に起こった現実と戦っても必ず負ける。問題と現実として受け入れて前に進む方が創造的な態度である。そもそも「何が問題か」は人による。「ちょうどよかった」を受け入れることで前向きに対応できたり、複数のアイデアが出てきたりする。そのためには、ユーモアを発揮すること。ユーモアとは「思い通りにいかないことを面白がること」である。